洛陽夜曲

早緑の連絡を契機として、槇村は事務的に沙汰を下した。

六穣会として九条組と同額の賠償、そして宏一にもまた、

京司と同じ空白の時間——“謹慎”が割り当てられた。

しかし、宏一の神経を逆撫でしたのは、奪われた自由への不満ではない。

彼を絶望にも似た焦燥へ突き落としたのは、鈴華という存在が、

己の手の届かぬ場所へと移らんとする残酷な計らいであった。

---海を越えて届く槇村の声は、デジタル信号特有の冷たさを帯びていた。

受話器の向こう側、異国の乾いた風の音が微かに混じる。


「鈴華、君に落ち度はない。それは、僕もみんなも分かってる。でも、少し大阪を離れた方がいい。
宏一のやつ、完全に熱くなってる。
あいつの頭を冷やすには、君の姿が視界に入らない場所へ行くのが
一番なんだ」


そう告げられた彼女は、大阪の喧騒を背に奈良の地へと送られることとなった。

槇村と古くから縁のある、奈良の神野一家。露天商の矜持を継ぐその的屋系組織に、

彼女は束の間の“預かり身”として身を寄せることになる。
※的屋…縁日や祭りなどで露店を営む商人


「……分かりました。そのように」


喉の奥で、苦い鉄の味がした。


「……オヤジ。結局、泥を被ることもできず……お役に立てませんでした。申し訳ありません」

「鈴華のせいじゃないよ。…あまり、自分を責めないで」


槇村の声は、驚くほど静かだった。

それは、幾多の抗争を勝ち抜き、組織の頂点に君臨する男が放つ“威圧”とは無縁のものだった。

喉の奥に鋭い棘を隠したような普段の喋り方は影を潜め、

今はただ、ひび割れた心を繋ぎ止めようとする一人の父親の、頼りなくも温かい響きだけがそこにある。

組織を束ねる重責も、血塗られた過去も、その瞬間だけはどこか遠い世界の出来事のように思えた。


---古都・奈良の土を踏みしめ、幾多の年月。

神野一家は、祭礼の賑わいに紛れて露店を連ねる、古風な“的屋”の系譜を継ぐ組織である。

その歩みは、修羅の道に血を流す抗争ではない。

彼らが守ってきたのは、刃の鋭さではなく、軒を並べる商売人の矜持と、伝統という名の見えない根。

静謐な古都の空気に溶け込むように、その勢力はしなやかに、かつ深く大地に張られている。

組織の頂点に立つ戸塚幸次郎と、伝説的な足跡を残す槇村。

親子ほども歳は離れているが、互いの腹の底までを知り尽くした間柄だ。

古い馴染みという言葉だけでは語り尽くせぬ、抜き差しならぬ信頼がそこにはあった。