洛陽夜曲

マンションのソファに深く身を沈めると、京司はそのまま重力に身を任せた。
吐き出された溜息は、
行き場を失った後悔のように室内の澱んだ空気に溶けていく。

「やってもうたなぁ……」

つぶやくような独り言が、空虚な部屋の隅々にまで染み渡り、
彼を苛む自責の念をいっそう色濃く浮き彫りにした。
赤い火種がじりじりと紙を焼き、灰を落とす。
燻り続ける煙を見つめながら、京司は掠れた声で零した。


「鈴華のことになると、なんでこんな感情的になってまうんやろなぁ……」


輪郭を失いゆく煙は、彼自身の統制を失った心のようだった。
応答のない部屋に、ただ煙草の匂いだけが重く沈殿していく。
鈴華の身を案じる気持ちとは別に、組長が見せたわずかな“ズレ”が、
京司の胸に刺さったトゲのように離れなかった。


(……せやけど、何かおかしい。
なぜあの人は六穣会にあれほども固執するんやろな?
確かに会長の槇村って男は、切れ者で有名やけど、
六穣会なんて、この辺ではほんの小さな組織に過ぎへん。
いつもの小競り合いで終わるはずや。
ほっといても山火事になるようなタマちゃう。
それやのに…あの過剰な反応、なんや?
他に、俺の知らん“何か”があるんか?)
※一本独鈷…大きな組織に属していない独立した組。小規模な暴力団のこと。

喉の奥にへばりついた正体不明の疑念を、京司は無理やり飲み下した。
グラスに残っていたバーボンを一気に呷る。氷のぶつかる硬い音が、静まり返った部屋にやけに冷たく響いた。


「っつ!」


口角の傷が熱に悲鳴を上げる。
宏一という男の存在を証明するかのようなその痛みを、バーボンは焼き払い、上書きするように拭った。


「消毒にはちょうどええな」


皮肉げに歪めた口端から溢れるのは、
冷徹な仮面の隙間から漏れ出した剥き出しの怒りだ。
喉の奥に燻る火種は、どれだけ冷たい言葉を重ねても、
消えるどころか赤々とその温度を増していった。


「鈴華……。あの阿呆にひどい目に遭わされてへんやろなぁ」


鈴華の身を案じるたび、京司の胸中には暗雲が立ち込めた。
宏一という男の、あの身勝手で暴力的な振る舞いが脳裏をよぎる。
今すぐにでも大阪へ駆けつけ、彼女の手を引いてやりたい。
だが、謹慎という現実が、冷徹な壁となって行く手を阻む。
案じることしか許されない己の無能さに、京司はただ、焼けるような焦燥に身を焦がすほかなかった。