洛陽夜曲

男の口から漏れたのは、鉛のように重い嘲笑だった。

「親父を放り出して男遊びか。いい御身分だな、鈴華」

鈴華は反論しなかった。というより、できなかった。

ずぶ濡れのまま立ち尽くす彼女の意識は、ただ一点、白くなるほど噛みしめた唇に集中していた。

乱れた髪からこぼれ落ちる雫が、震える唇の上で絶えず虚しく弾け続けている。

「組長付きなんぞ、さっさと辞めちまえ!」

男が吐き捨てた言葉は、湿気を帯びた朝霧の中でひどく無機質に響いた。

「おんどれ、さっきから聞いとれば……何様のつもりじゃ!」

京司の咆哮が鴨川の静寂の中に響き渡る。瞳には怒りの焔が宿り、
その切実な叫びは彼女の背負ってきた苦悶を代弁するかのようだった。

地を這うような低い熱を帯び、その瞳に宿ったのは、激情というよりは、鋭利な刃物に近い殺気だった。

「彼女がこの街でどないな思いをしてきたか…ほんまにただの遊びで、京都をふらふら歩いとったんやと思っとるんか!」


「あぁ? なんだてめぇ。鈴華の男か? ――部外者は黙ってろ」

男の嘲笑が消えぬうちに、京司は濡れた飛び石を蹴った。

一足で間合いを潰し、迷わず男の胸ぐらを掴み上げる。

雨に濡れそぼった京司の拳から、冷たい雫が男のシャツにじわりと滲み、どす黒い染みを作っていく。

拳を握りしめる京司の指先は、怒りで白く強張っていた。



「これは六穣会の…槇村家の問題だ。てめぇには関係ねぇ」

「関係ないことあるかい!」


「あぁ?……殺すぞ、こら」

ドスの利いた低い声が、男の喉の奥から這い出す。その眼差しに宿るのは、比喩ではない本物の殺意だ。

剥き出しの敵意が、暴力的な質量を持って京司の全身にのしかかる。

だが、京司は一歩も引かなかった。むしろ、挑発を噛み砕くように口角を吊り上げる。

「やれるもんなら、やってみぃや!」

「やめて!」

鈴華の悲鳴に近い叫びが響き渡る。しかし、昂ぶった二人の鼓膜には、もはや彼女の震える声など届いてはいない。

視線が絡み合い、火花を散らす。均衡は、いまにも崩れようとしていた。

指先がわずかでも動けば、すべてが崩壊する…。二人は獣のように、互いの喉元を食い破る瞬間だけを凝視し続けていた。