東の空から滲み出した薄明のオレンジが、まだ眠りの中にある
鴨川の川面を静かに侵食していく。
薄暗い寝室で、鈴華は意識の底からゆっくりと浮上した。
鈴華を抱くように眠る京司は、規則正しい寝息を刻んでいる。
彫刻のように静止したその横顔を、鈴華は食い入るように見つめた。
震える指先を伸ばし、彼の肌に宿る体温を確かめるように、
そっとその頬へ触れた。指先の熱に、京司がわずかな身じろぎを見せる。
だが、意識を覚醒させる前に、彼は再び重たい眠りの淵へと沈んでいった。
鈴華は肺の中の空気を音もなく吐き出し、
ベッドの軋みさえも殺して身を起こした。
彼を起こさぬよう、まるで重力から逃れるようにして、
彼女は残されたシーツの温もりを背に、静かにその場を後にする。
---オレンジ色の光が差し込むバルコニー。
鈴華はそこから、目覚めを待つ鴨川を見下ろしていた。
風の鳴る音と、たゆたう水の音…彼女はただ耳を傾ける。
「九龍とは……まるで別世界」
こぼれ落ちた呟きは、乾いた自嘲を含んで夜明けの冷気に溶けていった。
「そないな恰好してたら、風邪引くで」
振り返るよりも早く、京司の気配が鈴華を包囲した。
彼が携えてきたのは、つい先ほどまで二人の境界を曖昧にしていた
あの一枚の毛布だ。
彼の手によって翼を広げるように翻った布地が、鈴華の背にしなだれかかる。
まだ生暖かいその重みは、彼の指先が直接肌に触れるよりもいっそ雄弁に、
慈しみを伝えていた。
「鴨川が、あんなに綺麗……」
鈴華の呟きに、彼は背後から腕の力を微かに強めて応えた。
「ああ。この眺めが欲しゅうて、ここを選んだんや」
藍色から薄紅へと溶けゆく空の下、鴨川のせせらぎが銀色の光を帯び始める。
世界がゆっくりと目を醒ましていく中、二人はただ一つの輪となったまま、
輪郭を取り戻していく古都の街並みを静かに見つめていた。
「あそこは…何?」
鈴華の視線の先には二つの川が合流する三角州があった。
「賀茂川と高野川に挟まれた、三角のとこか…?あそこが鴨川デルタや。
ここから見たら、緑のじゅうたんを敷いた島みたいに見えるやろ?」
「鴨川デルタ…」
鴨川の三角州、いわゆる「鴨川デルタ」を前にした鈴華の瞳には、
まるで初めて世界に触れた幼子のような純真な好奇心が溢れていた。
その様子を隣で見つめていた京司は、慈しむように目を細めると、
喉の奥で短く笑みを零した。
「あの飛び石を伝えば、対岸まで渡れるんや。……行ってみるか?」
京司が口にしたのは、予想もしていなかった提案だった。
鈴華の瞳に、パッと火が灯ったような輝きが宿る。
それは驚きというより、幼い頃に胸の奥に仕舞っておいた、
鮮やかな好奇心だった。
鴨川の川面を静かに侵食していく。
薄暗い寝室で、鈴華は意識の底からゆっくりと浮上した。
鈴華を抱くように眠る京司は、規則正しい寝息を刻んでいる。
彫刻のように静止したその横顔を、鈴華は食い入るように見つめた。
震える指先を伸ばし、彼の肌に宿る体温を確かめるように、
そっとその頬へ触れた。指先の熱に、京司がわずかな身じろぎを見せる。
だが、意識を覚醒させる前に、彼は再び重たい眠りの淵へと沈んでいった。
鈴華は肺の中の空気を音もなく吐き出し、
ベッドの軋みさえも殺して身を起こした。
彼を起こさぬよう、まるで重力から逃れるようにして、
彼女は残されたシーツの温もりを背に、静かにその場を後にする。
---オレンジ色の光が差し込むバルコニー。
鈴華はそこから、目覚めを待つ鴨川を見下ろしていた。
風の鳴る音と、たゆたう水の音…彼女はただ耳を傾ける。
「九龍とは……まるで別世界」
こぼれ落ちた呟きは、乾いた自嘲を含んで夜明けの冷気に溶けていった。
「そないな恰好してたら、風邪引くで」
振り返るよりも早く、京司の気配が鈴華を包囲した。
彼が携えてきたのは、つい先ほどまで二人の境界を曖昧にしていた
あの一枚の毛布だ。
彼の手によって翼を広げるように翻った布地が、鈴華の背にしなだれかかる。
まだ生暖かいその重みは、彼の指先が直接肌に触れるよりもいっそ雄弁に、
慈しみを伝えていた。
「鴨川が、あんなに綺麗……」
鈴華の呟きに、彼は背後から腕の力を微かに強めて応えた。
「ああ。この眺めが欲しゅうて、ここを選んだんや」
藍色から薄紅へと溶けゆく空の下、鴨川のせせらぎが銀色の光を帯び始める。
世界がゆっくりと目を醒ましていく中、二人はただ一つの輪となったまま、
輪郭を取り戻していく古都の街並みを静かに見つめていた。
「あそこは…何?」
鈴華の視線の先には二つの川が合流する三角州があった。
「賀茂川と高野川に挟まれた、三角のとこか…?あそこが鴨川デルタや。
ここから見たら、緑のじゅうたんを敷いた島みたいに見えるやろ?」
「鴨川デルタ…」
鴨川の三角州、いわゆる「鴨川デルタ」を前にした鈴華の瞳には、
まるで初めて世界に触れた幼子のような純真な好奇心が溢れていた。
その様子を隣で見つめていた京司は、慈しむように目を細めると、
喉の奥で短く笑みを零した。
「あの飛び石を伝えば、対岸まで渡れるんや。……行ってみるか?」
京司が口にしたのは、予想もしていなかった提案だった。
鈴華の瞳に、パッと火が灯ったような輝きが宿る。
それは驚きというより、幼い頃に胸の奥に仕舞っておいた、
鮮やかな好奇心だった。
