京司からの召喚に応じ、鈴華は逸る心を抑えきれぬまま、
指定された地へと急いだ。
サランの安否について、京司の言葉は沈黙を貫いていた。
ただ一筋、マコトの身柄を確保したという無機質な事実のみが、
彼女の元へ届けられたのである。
---約束の場所。京司は漆黒のセダンの運転席で、
燻る煙草の紫煙に身を委ねながら、静かに鈴華を待っていた。
現れた鈴華の呼吸は乱れ、すがるような眼差しを彼にぶつけた。
「サランが見つかったんですか?」
……彼女の震える声が、雨上がりの湿った空気に波紋を広げていく。
「いや。マコトの身柄を押さえただけや。俺もまだ聞いとらんけど、
一緒にはおらんかったみたいやな」
「…」
「本人に直接聞くしかないやろな」
京司の言葉が、冷え切った車内に重く沈殿する。
静寂を切り裂くようにエンジンが覚醒し、車体は夜の深淵へと滑り込んだ。
隣で、鈴華の指先が小刻みに震えている。
それは、薄氷の上を歩むような彼女の危うい均衡が、
今にも崩れ去ろうとしている証だった。
街のざわめきを脱した車は、吸い込まれるように夜の郊外へと向かった。
窓の外を流れる建物の影は次第に疎らになり、
街灯もまばらな旧道に入ると、古都から色彩が消えていく。
その行き止まりのような場所に、古びた工場倉庫がひとつ、
廃墟のように佇んでいた。
時代に取り残され、闇に沈殿するその建物の前で、
車は静かに、タイヤを止めた。
古びた工場の倉庫前。湿った夜気に紛れるように、
若頭補佐・錨はその身を潜めていた。
京司の姿を認めると、錨は言葉を削ぎ落とした沈黙のまま、
深く、重い礼を尽くす。
「中で転がっております。少々、痛めつけておきましたが…
言葉を紡ぐには事足りるかと」
その声はあくまで淡々と、まるで無機質な事務報告でもするかのように、
冷え切った空気の中へ溶けていった。
錨の口にした「少々」という語彙に、京司の眉が微かに動いた。
その二文字が、この男の辞書では往々にして
「致命傷の一歩手前」を指すことを嫌というほど知っていたからだ。
(…息があるんやったらええやろう)
京司は錆びついたシャッターを無造作に引き上げた。静止していた時間が、
金属の不快な摩擦音と共に動き出す。
埃の降り積もった床に、マコトは無造作に転がされていた。
殴りつけられた顔面は、左右の均衡を失うほどに膨れ上がり、
もはやマコトという個人の記号を判別することは難しい。
背後で強引に絞られた結束バンドは、彼の指先から鮮やかな生の色を奪い、
どす黒い紫へと変貌させていた。
執拗に抗おうとしたのだろう。プラスチックの縁が食い込んだ皮膚からは、
粘り気のある血がじわりと滲み出し、床の埃を赤く汚している。
喉の奥からせり上がる嗚咽は、湿った不快な音だけだ。
床にこすりつけられた頬の端からは、血と涙、
そして糸を引く涎が混じり合い、出口を求めて絶え間なく溢れ出していた。
京司も鈴華も、もはや肉の塊と化したマコトの無惨な変貌に、視線ひとつ投げようとはしなかった。
ただ路傍の石を眺めるような、空虚なまでの無関心。
「サランの居場所を言いなさい」
泥にまみれ、虫のように身をよじるマコトの耳元で、鈴華の言葉が低く響く。
それは問いというよりは、暴発寸前の激情を理性の鎖で縛り上げた、
恫喝に近い響きを帯びていた。
指定された地へと急いだ。
サランの安否について、京司の言葉は沈黙を貫いていた。
ただ一筋、マコトの身柄を確保したという無機質な事実のみが、
彼女の元へ届けられたのである。
---約束の場所。京司は漆黒のセダンの運転席で、
燻る煙草の紫煙に身を委ねながら、静かに鈴華を待っていた。
現れた鈴華の呼吸は乱れ、すがるような眼差しを彼にぶつけた。
「サランが見つかったんですか?」
……彼女の震える声が、雨上がりの湿った空気に波紋を広げていく。
「いや。マコトの身柄を押さえただけや。俺もまだ聞いとらんけど、
一緒にはおらんかったみたいやな」
「…」
「本人に直接聞くしかないやろな」
京司の言葉が、冷え切った車内に重く沈殿する。
静寂を切り裂くようにエンジンが覚醒し、車体は夜の深淵へと滑り込んだ。
隣で、鈴華の指先が小刻みに震えている。
それは、薄氷の上を歩むような彼女の危うい均衡が、
今にも崩れ去ろうとしている証だった。
街のざわめきを脱した車は、吸い込まれるように夜の郊外へと向かった。
窓の外を流れる建物の影は次第に疎らになり、
街灯もまばらな旧道に入ると、古都から色彩が消えていく。
その行き止まりのような場所に、古びた工場倉庫がひとつ、
廃墟のように佇んでいた。
時代に取り残され、闇に沈殿するその建物の前で、
車は静かに、タイヤを止めた。
古びた工場の倉庫前。湿った夜気に紛れるように、
若頭補佐・錨はその身を潜めていた。
京司の姿を認めると、錨は言葉を削ぎ落とした沈黙のまま、
深く、重い礼を尽くす。
「中で転がっております。少々、痛めつけておきましたが…
言葉を紡ぐには事足りるかと」
その声はあくまで淡々と、まるで無機質な事務報告でもするかのように、
冷え切った空気の中へ溶けていった。
錨の口にした「少々」という語彙に、京司の眉が微かに動いた。
その二文字が、この男の辞書では往々にして
「致命傷の一歩手前」を指すことを嫌というほど知っていたからだ。
(…息があるんやったらええやろう)
京司は錆びついたシャッターを無造作に引き上げた。静止していた時間が、
金属の不快な摩擦音と共に動き出す。
埃の降り積もった床に、マコトは無造作に転がされていた。
殴りつけられた顔面は、左右の均衡を失うほどに膨れ上がり、
もはやマコトという個人の記号を判別することは難しい。
背後で強引に絞られた結束バンドは、彼の指先から鮮やかな生の色を奪い、
どす黒い紫へと変貌させていた。
執拗に抗おうとしたのだろう。プラスチックの縁が食い込んだ皮膚からは、
粘り気のある血がじわりと滲み出し、床の埃を赤く汚している。
喉の奥からせり上がる嗚咽は、湿った不快な音だけだ。
床にこすりつけられた頬の端からは、血と涙、
そして糸を引く涎が混じり合い、出口を求めて絶え間なく溢れ出していた。
京司も鈴華も、もはや肉の塊と化したマコトの無惨な変貌に、視線ひとつ投げようとはしなかった。
ただ路傍の石を眺めるような、空虚なまでの無関心。
「サランの居場所を言いなさい」
泥にまみれ、虫のように身をよじるマコトの耳元で、鈴華の言葉が低く響く。
それは問いというよりは、暴発寸前の激情を理性の鎖で縛り上げた、
恫喝に近い響きを帯びていた。
