洛陽夜曲

車内に乗り込んだ彼女を確認し、ほっとした表情を一瞬浮かべ、エンジンをかける。静かに走り出した窓越しの街灯が彼女の長い黒髪を柔らかく照らしている。


「君みたいなお嬢さんが一人歩きするのは、やっぱり心配やからな」


「九条のシマで問題は起こしません」※シマ…組の縄張り。管理地域。


煙草の煙を指先で弄りながら薄くほほ笑む。車内の照明が彼の彫り込まれた眉間に影を作る。


「そうやろうなぁ。こないな綺麗な娘さんが問題を起こすとは思えへんけど、用心に越したことはあらへん」


会話の途切れ目だった。

ふいに、彼女が車のシートから身を乗り出し、囁くような声とともに、彼女の顔が彼の口元へと寄せられた

触れそうなほど近くに、彼女の柔らかな唇と、髪が揺れると微かなサンダルウッドの香りが迫る。頬に触れるか触れないかの距離で、彼女の動きが止まった。

「、、、いい香り。煙草の香ですか?それとも香水?」

無遠慮で無機質な行為も何故か不快に感じさせない。

その粗野な振る舞いも、むしろ心地よい律動さえ伴っていた。

「香水はつけとらんなぁ。これは煙草の銘柄のものや」

「気になるんやったら同じ銘柄の煙草買うてきてあげるわ」

「煙草は吸わないです」

「吸わんのか。ほな、なんで香りが気になるんや?」

「昔、、、嗅いだ事のある匂いに似ていました」

煙草の煙を吐き出しながら、興味深そうな表情で彼女を見つめる。車内の薄暗い照明が端整に整った彼女の顔立ちを引き立てる。


「ほう、、、そういうことか。昔の男と同じ銘柄やったんか」


煙草を灰皿に押し付けながら、ほんの僅かな唇の端を吊り上げ、冷ややかな愉悦を滲ませる。


「、、、、昔誰かが路地裏で吸っていたドラッグの香りに、、、、似ていました」


「ドラッグか、、、、。あぶないとこにおるなぁ君」


「昔の話です。ただ、、、懐かしいと思っただけで」



「うちは薬はやらんけど、この街にはいろんな奴がおるからな。危険な匂いのする場所からは離れとき」