洛陽夜曲

数日が経過しても、省吾からの音沙汰はなかった。

京司の意識の淵を流れるのは、消えたマコトの足跡よりも、
鈴華の心に落ちる影の濃淡であった。


「最近、錨、事務所に顔を出しませんね」


もう一人の若頭補佐、山城が独り言のように呟いた言葉が、
重たい沈黙を裂いた。
京司は指の間に挟んだ煙草の先を、灰皿の縁に静かに押し当てる。


「…ちょっとな、用事を言いつけてあるんや。
その件で手がふさがっとるんやろう」


吐き出された紫煙が、二人の間に薄い帳を降ろした。


「…そういえば、錨のやつ、昨日電話で大阪におる言うてましたわ」

「…大阪?」

「カシラが行かしたんとちがうんですか?」


低く繰り返された声には、困惑よりも、もっと鋭利な響きが混じっていた。


---数日前
錨は、頭からひどく筋の悪い「仕事」を押し付けられていた。

京都という広大で底の知れない街から、〝マコト”という名の男を一人、
たぐり寄せる。手掛かりはその名一つきり。それさえも、
偽名という仮面を剥げば霧のように消えてしまう代物かもしれない。


「……割に合わないな」


こぼれ落ちた独り言は、湿り気を帯びた古都の夜風に掠れて消えた。
金にもならぬ徒労の予感に、胃のあたりが重く沈む。
錨は重い足取りのまま、極彩色のネオンが歪にひしめき合う歓楽街の底へと、
その身を沈めていった。

馴染みの路地のさらに奥、隠されるように佇む古びたバーの扉を、
錨は押し開いた。その重厚な手応えは、外界を切り離す境界の
重みのようでもあった。

店内に充ちるのは、琥珀色の静寂と、歳月が堆積したわずかな埃の匂い。
カウンターの向こうでは、偏屈を絵に描いたような初老のバーテンダーが、
錨の入店をただ一瞥で済ませ、再び手元のワイングラスへと意識を戻した。


「フォアローゼズのプラチナを。氷はなしで」


バーテンダーが無言で静かにボトルを傾ける。
グラスに注がれる液体は、窓のない室内で、見えないはずの
夕陽を反射しているかのように見えた。
熟成された時間が、濃密な琥珀色の層となって揺れている。

鼻を近づければ、枯れた花のような香りと、焼かれた樽の微かな苦味が、
過去の記憶を呼び起こす。
錨は一口、その液体を舌に乗せた。

バーボン特有の、暴力的なまでのアルコールの熱が喉を焼いた後、
蜂蜜のような甘みが後を追いかけ、やがてそれは深い静寂へと溶けていった。

指先でグラスの縁をなぞり、彼は目の前のバーテンダーの男へ
淡々とした調子で告げた。


「鈴木さんと繋いでくれないか」