洛陽夜曲

車を降りれば、そこは石畳の街、祇園だった。

連れ立って歩き出した足元には、鈍く光る石畳がどこまでも続いている。
街灯が和紙を透かしたような柔らかな光を落とす。

この街の呼吸に馴染み、流れるように石畳を闊歩する京司。
対して、初めて足を踏み入れた花街の、格式高くも艶やかな気配に圧倒され、
鈴華はただ息をひそめるように歩を進める。その対照的な後ろ姿が、
夜の祇園に鮮やかに浮かび上がっていた。

喧騒を一つ角で曲がれば、そこには静止した時間があった。

軒先に吊るされた提灯に、ぽっと温かな灯がともる。その柔らかな光は、
打ち水で湿った石段を淡く照らし、訪れる者を無言で招き入れていた。
年月を重ねた木目の塀は、雨を吸ってその深みを増している。
土壁の落ち着いた黄色と、瓦屋根の重厚な灰色。
風が吹けば、柳の細い枝がさらさらと音を立て、提灯がわずかに揺れる。
格子の隙間からは、微かに焚きしめられた香の香りと、
出汁の芳醇な香りが漂ってくるようだ。

一歩足を踏み入れれば、日常を脱ぎ捨て、贅を尽くした静寂の中へと没入していく。通り過ぎる人々は思わず足を止め、
その入り口を羨望の眼差しでそっと見つめるのだった。


京司は迷いのない所作で、年月に磨かれた格式高い門扉を押し開いた。
鈴華は重厚な家屋が放つ威圧感に気圧され、足を止め、
一瞬の躊躇の色を見せたが、それを悟られぬよう飲み込むと、
京司が揺らした暖簾の残響をくぐるようにして、
深閑とした奥へと歩を進めた。

玄関を跨ぐと、お香の香りがかすかに鼻腔を突いた。
女将は音もなく膝をつき、京司へ向けて柔らかな京言葉を落とす。


「おこしやす。どうぞ、こちらへ」


気心の知れた間柄特有の、短いやり取り。


「女将。急で悪いなぁ」

「烏丸の若頭はんの頼みどしたら断れしまへんわ」


中庭に面した長い渡り廊下。歩を進めるたび、歴史を吸い込んだ木材が
わずかに軋み、時の厚みを物語っていた。
やがて、重厚な唐紙の前に辿り着く。女将がしなやかな所作で
その扉を開けると、青畳の香りがふわりと鼻腔をくすぐった。

「こちらでございます。どうぞ、ごゆるりとおくつろぎやす」


雪見障子の向こうには、計算し尽くされた借景が広がっている。
手入れの行き届いた苔の緑が、夕闇の中でしっとりと深く沈み込み、
配置された庭石が影となって静かに座していた。

その目に映るすべてが、鈴華にとっては初めて見る世界の断片であり、
彼女がそれまで知っていた閉ざされた箱庭には、
存在しないものばかりだった。