二人は、ひび割れたコンクリートの隙間から
這い出す雑草に足を取られながら、名ばかりの道を進んでいった。
その先に佇むのは、旺盛な緑に飲み込まれ、
今や土へと還ろうとする一軒の廃屋。そこが目的地だった。
京司が鳴らしたブザーは、腐食した機械が絶え絶えの悲鳴を上げながら
剥き出しの不快音を放つ。
それが鼓膜を震わせたが、立ち込める澱んだ空気の向こう側に、
人の気配は微塵も感じられなかった。
「…誰もおらんみたいやな」
「너 무언가를 위해!?」
突如として、大気を震わせる女の叫びが京司たちの鼓膜を叩いた。
人の丈をも凌ぐほどに生い茂った藪が、ざわざわと波打ち、
激しく左右へ割れる。そこから躍り出たのは、一人の老婆だった。
日に焼けたその両手は、黒々とした泥にまみれている。
片方の手中には、今しがた土壌から引き抜かれたばかりであろう、
土の香りを纏った野菜が握りしめられていた。
「俺はハングルは全然あかんわ。君、話聞いてみいひん?」
鈴華は老婆にゆっくりと歩み寄り流暢な韓国語で問いかけた。
老婆の眼差しに、隠しようのない猜疑が走る。言葉にならない不信が、
その険しい顔に影を落としていた。
「그렇다면 빚을 잡아?」
(あんたら借金取りかい?)
「나는 사란의 지인이다. 여기에 그녀가 있다고 듣고 물어 왔습니다」
(私はサランの知り合いです。ここに彼女がいると聞いて尋ねてきました。)
彼女の名を口にした途端、刻まれた深い皺がいっそう険しく波打ち、
彼女は吐き出すような舌打ちを隠そうともしなかった。
「사란은 더 이상 여기에 있지 않습니다. 지난주 남자가 맞이하러 나왔다」
(サランはもうここにはいないよ。先週男が迎えにきて出て行ったよ。)
「婆さんは何て言うてるんや?」
「先週男が迎えにきて…出て行ったそうです」
「男の名前はわかってるんか?」
「남자의 이름을 아십니까?」
(男の名前はわかりますか?)
老婆は、頭に巻かれた手ぬぐいを無造作に引き剥がした。
顔にこびりついた泥と汗を拭い去ると、
彼女は喉の奥に溜まった澱を吐き出すように、冷え切った言葉を投げつけた。
「알 걸까! 화려하고 짭짤한 탤런트 남자였어. 그 딸도 어리석은 아이야」
(知るもんか!派手でちゃらちゃらとした胡散臭い男だったよ。
…あの娘もばかな子だよ。)
苦々しげに言葉を放り出す彼女の横顔には、
突き放そうとすればするほど露わになってしまう、歪な愛着が滲んでいた。
「名前わかったかいな?」
京司の問いかけに黙って首を振る鈴華。老婆はほんの一瞬、
二人の顔を値踏みするように見てから、何事もなかったかのように
その横を通り過ぎ、塗装の剥げた木扉に、迷いなく手を置いた。
「マコト…」
使い慣れない言葉を絞り出すように、老婆はポツリとそう呟いた。
「えっ…?」
「확실히 그렇게 부르고 있었어.」
(たしか…そう呼んでいたよ。)
鈴華の謝辞に対し、老婆はただ深い沈黙を返すのみであった。
家の闇へと引き下がり、扉を閉めるその瞬間、
老婆は鈴華にだけ聞こえる細い声で、呪文のように呟いた。
「그 아이를 만나면 ... 언제든지 돌아 오라고 말해주세요」
(あの子に会ったら・・・いつでも戻ってきなと伝えておくれよ)
鈴華は何も言わず、ただ一度、深い肯定を刻み込むように頷いた。
這い出す雑草に足を取られながら、名ばかりの道を進んでいった。
その先に佇むのは、旺盛な緑に飲み込まれ、
今や土へと還ろうとする一軒の廃屋。そこが目的地だった。
京司が鳴らしたブザーは、腐食した機械が絶え絶えの悲鳴を上げながら
剥き出しの不快音を放つ。
それが鼓膜を震わせたが、立ち込める澱んだ空気の向こう側に、
人の気配は微塵も感じられなかった。
「…誰もおらんみたいやな」
「너 무언가를 위해!?」
突如として、大気を震わせる女の叫びが京司たちの鼓膜を叩いた。
人の丈をも凌ぐほどに生い茂った藪が、ざわざわと波打ち、
激しく左右へ割れる。そこから躍り出たのは、一人の老婆だった。
日に焼けたその両手は、黒々とした泥にまみれている。
片方の手中には、今しがた土壌から引き抜かれたばかりであろう、
土の香りを纏った野菜が握りしめられていた。
「俺はハングルは全然あかんわ。君、話聞いてみいひん?」
鈴華は老婆にゆっくりと歩み寄り流暢な韓国語で問いかけた。
老婆の眼差しに、隠しようのない猜疑が走る。言葉にならない不信が、
その険しい顔に影を落としていた。
「그렇다면 빚을 잡아?」
(あんたら借金取りかい?)
「나는 사란의 지인이다. 여기에 그녀가 있다고 듣고 물어 왔습니다」
(私はサランの知り合いです。ここに彼女がいると聞いて尋ねてきました。)
彼女の名を口にした途端、刻まれた深い皺がいっそう険しく波打ち、
彼女は吐き出すような舌打ちを隠そうともしなかった。
「사란은 더 이상 여기에 있지 않습니다. 지난주 남자가 맞이하러 나왔다」
(サランはもうここにはいないよ。先週男が迎えにきて出て行ったよ。)
「婆さんは何て言うてるんや?」
「先週男が迎えにきて…出て行ったそうです」
「男の名前はわかってるんか?」
「남자의 이름을 아십니까?」
(男の名前はわかりますか?)
老婆は、頭に巻かれた手ぬぐいを無造作に引き剥がした。
顔にこびりついた泥と汗を拭い去ると、
彼女は喉の奥に溜まった澱を吐き出すように、冷え切った言葉を投げつけた。
「알 걸까! 화려하고 짭짤한 탤런트 남자였어. 그 딸도 어리석은 아이야」
(知るもんか!派手でちゃらちゃらとした胡散臭い男だったよ。
…あの娘もばかな子だよ。)
苦々しげに言葉を放り出す彼女の横顔には、
突き放そうとすればするほど露わになってしまう、歪な愛着が滲んでいた。
「名前わかったかいな?」
京司の問いかけに黙って首を振る鈴華。老婆はほんの一瞬、
二人の顔を値踏みするように見てから、何事もなかったかのように
その横を通り過ぎ、塗装の剥げた木扉に、迷いなく手を置いた。
「マコト…」
使い慣れない言葉を絞り出すように、老婆はポツリとそう呟いた。
「えっ…?」
「확실히 그렇게 부르고 있었어.」
(たしか…そう呼んでいたよ。)
鈴華の謝辞に対し、老婆はただ深い沈黙を返すのみであった。
家の闇へと引き下がり、扉を閉めるその瞬間、
老婆は鈴華にだけ聞こえる細い声で、呪文のように呟いた。
「그 아이를 만나면 ... 언제든지 돌아 오라고 말해주세요」
(あの子に会ったら・・・いつでも戻ってきなと伝えておくれよ)
鈴華は何も言わず、ただ一度、深い肯定を刻み込むように頷いた。
