洛陽夜曲

京司が名門の門をくぐり、輝かしい春を謳歌し始めた頃、
京弥の心は緩やかにだが確実に崩落していった。

店という檻の中で日々を反復する彼は、感情を置き忘れた操り人形を
演じ続けていた。生気の一片も失せたその眼差しで店に立つ彼は、
ゼンマイを巻かれるがままに動く絡繰り人形へと成り果てながら
刻々と無意味な時間を消化していた。

---京弥の元に縁談が舞い込んだのは、ちょうどその時分であった。

相手は店の暖簾を幾度かくぐったことのある、馴染み客の愛娘。
華やかさこそないものの、立ち居振る舞いには名家に特有の、
凛とした香気と気品を湛えた女性であった。

果たして京弥の瞳に、彼女はどのような色彩で映っていたのだろうか。
今となっては、それを確かめる術は、もうどこにも残されていない。

けれどもその縁談こそが、終わりの始まりであった。
彼の内面で危うい均衡を保っていた何かを無慈悲に打ち砕き、
再起不能の破滅へと突き落としたのである。


「お相手は、ぜひとも京司さんを」

そのたった一言が、鋭利な切っ先となって京弥の胸を貫いた。
積み上げてきた誇りも、秘めていた淡い期待も、音を立てて崩れ去っていく。
京弥の心は、逃げ場のない深い闇の底へと、
ただただ無惨に砕け散るほかなかった。

その話が京司の耳を打ったのは、ずいぶんと時間の過ぎた後であった。
話を聞き終えるよりも早く、彼の眼には凄まじい怒りの炎が宿っていた。


「冗談やないそないな話!そないな女はこっちから願い下げや!」


京司の胸中を吹き抜けるのは、己の心臓を裂き、えぐる様な凄絶な痛みであった。

京弥は――あの孤独な兄は、この苛烈な仕打ちをいかに受け止めたのか。
問う術のない問いが、血を流すように溢れて止まなかった。


「京司の方がええのんはしゃあない事やなぁ」


それが、彼の最後の言葉だった。
あの日を境に彼が店に立つ日は二度と訪れず、生気が宿ることもなくなった。

彼の精神は、崩壊の果てに深い沈黙を選び、
外界との繋がりを一切断絶してしまったのである。