陽が傾き始めた頃、紫乃は熨斗を終えたばかりの勇心のワイシャツを丁寧に畳んでいた。まだほんのりと温かい布地に手を添えた時、朝の出来事が脳裏に浮かんだ。
(勇心様、……逞しかったなぁ)
顔が自然と熱を帯びる。けれど、すぐに気を取り直し、紫乃は深呼吸した。
(さあ、夕餉の支度を見に行かなくては)
壁伝いに廊下を進むと、厨房からは包丁の小気味よい音と、煮炊きの香りが漂ってくる。紫乃は戸口に立ち、そっと声をかけた。
「お邪魔してもいいかしら……? 今日の献立は、何ですか?」
「紫乃様! 今日はすき焼きにございますよ」
女中頭のノブが笑顔で出迎えると、厨房の片隅に用意した椅子に紫乃を連れていく。
「まぁ……今日もお肉ですか?」
「お嫌いでしたか?」
「いえっ、そうではなくて……。ただ、お肉はとても高価ですから、毎日いただくなんて……」
思わず口にしてから、紫乃はハッとした。生家では牛肉は贅沢品なため、たまに食す程度だった。それが、ここでは当たり前のように食卓に並ぶ。
(勇心様はお医者様だけど、軍人でもあるから……きっと、体力を使うお仕事なのね)
「お肉を煮るのは若旦那様がご帰宅されてからになりますが、先に割り下の味見をお願いしてもよろしいでしょうか?」
「えぇ、もちろん」
小皿に盛られた割り下を手渡され、紫乃は器を鼻先に近づけ香りを嗅ぐ。
そして、静かに味見をする。
「とても美味しいです」
「左様にございますか?」
「えぇ」
ノブが紫乃の言葉に安堵の溜息を零すと、紫乃はノブの手をそっと掴んだ。



