冷遇令嬢、最恐軍医に嫁ぎました~大正深愛綴り~


「すまぬ、……驚かせたな」

 低く落ち着いた声が、紫乃の耳元に落ちる。紫乃は思わず仰ぎ見て、思わず息を呑んだ。
 目と鼻の先に、勇心の顔があった。朝日を浴びたその横顔は凛とした輪郭を際立たせ、睫毛の影が頬に落ちている。その瞳が、真っすぐに自分を見つめていた。

(……ち、近い)

 紫乃の頬が、みるみるうちに赤く染まっていく。
 視線を逸らした紫乃を捉え、勇心の視線が紫乃の手元に落ちた。

(これは……)

 赤くひび割れた指先、酷い乾燥で黒ずんだ手の甲。それは、長年水仕事をしてきた証だった。

「怪我はないか……?」

 勇心は、ゆっくりと抱き起した。
 紫乃は慌てて一歩下がり、深く頭を下げる。

「……いえ。助けてくださり、ありがとうございます」

 ぎこちない空気が、二人の間に流れる。けれどその沈黙は、どこか心地よい温度を帯びていた。