きみが春なら

「マナトさん。もう開けてもいいですか?さっきからすごく押されてて……!」
部下の声と共にトランシーバーから聞こえてくるのは、城門前に集まった女性たちのざわめきだ。

「ああ。そうだな」
「良かった!じゃあ開けます」

ロレンツォ王子の花嫁の発表はわずか四日後に迫っていた。
この日が最後のパーティーとあって、何とかお眼鏡にかなおうと必死なのだろう。
王子の側近として働く俺は城周辺の警備にあたっていたが、トランシーバー越しでもその熱気が伝わってくる。

「あ。そういえば、ついさっき料理を届けにきた女性がいて。一人、城内に入れてます」
「何?」

大きなバスケットを抱えながらてこてこと庭を横切る姿を見つけたのは、まさにその時だ。

「だ……だめだ、まだ開けるな!」
「えっ?」

焦ってそう叫んだが、間に合わなかった。
開かれた門から女たちが雪崩こみ、城に向かって駆けていく。

「ちょっと、押すんじゃないわよ!」
「ドレスが崩れるでしょ!?」

まずい、と思い目をやると、案の定彼女は驚いた顔で足を止めていた。

「危な……!」

大量の女たちの渦に巻き込まれた彼女は、一瞬で見えなくなった。


「無事ですか」
ようやく波が去った後、城の前で尻もちをついている彼女に走り寄った。

「すみません。声をかけるのが遅れて」

俺が差し出した手に気付かないまま。はっと顔を上げた彼女は抱えていたバスケットの中を覗いている。
「大丈夫みたいです。良かった」
その横顔に安堵が浮かぶ。
尋ねたのは料理の安否ではなかったが、まぁ良い。

「……貴女は大丈夫じゃないようですが」
「え?」

彼女の腕から流れる血がコック服を赤く汚していた。突き飛ばされて転んだのだろう。胸ポケットからハンカチを取り出し、患部に巻いてやる。
「あ……!自分のでやります。汚れちゃう」
「いいから。じっとして」
止血しながら意外と背が高い、と思った。

「あ、ありがとうございます。今度洗ってお返ししますね」

俺に何度も頭を下げ、配達の途中だった彼女は急ぎ足で城へ入る。
姿が見えなくなった後、俺も仕事に戻った。


── 自分が花嫁候補の一人である事を
彼女は、まだ知らない。