きみが春なら

「え!?これだけ?」
慌ただしく開店準備をしている最中、ケビーが言った。
「冗談だろ。商売にならねぇよ」
「どうした」
「注文した酒が全然入ってきてない。馴染みの酒屋の親父が、娘を王子の妃にしようと躍起になっててさ。仕事しやしない」
箱の中身を見てうなだれる様子に苦笑する。

「これじゃ今日も早々に店を閉めないと」
「なかなか落ち着かないな」
「ま、プリンセス発表までの辛抱だ」

丹念にグラスを磨きながら。それならまた新しいカクテルの作り方でも習うか、と勝手に思った。


わずかな量の酒はあっという間に切れ、ケビーの言った通り早仕舞いになった。
帰りしなにまたハルの働く店に寄る。入口が見える位置でガードレールに腰かけ、出てくるのを待っていると。
「あ。」
今日は扉を開けると同時に俺に気が付いたようだ。手を振りながらこちらへ歩いてくる君の手には、大きなカボチャが抱えられていた。

「ハルちゃん」
口髭を生やし黒いエプロンを着けた男が後ろから出てきた。ハルに声をかけ、流れで俺に目をやる。

「うちの奴が、袋やるから持って行けってさ」
「ありがとうございます。貰ってくるね」
「ああ」
ハルはまた店に戻ったが、男は何故かニヤつきながら近付いてきた。
店のオーナーなのだろうか?話には聞いていたものの顔を見たのは初めてだ。

「あんた。ハルちゃんの彼氏か?」

俺が頷くとなるほどなぁ、と大げさな身振りで言う。
「誰に声かけられてもなびかない訳だ。こんな色男がいるんじゃな」
「声かけられても?」
「おう、若い男連中がひっきりなしさ。でも全然相手にしてもらえないもんだから、奴らますます必死になって店に通ってきやがる。ハルちゃんのおかげでうちの売上げはうなぎ登りだよ」

楽しげに話すオーナーとは裏腹に。俺の心はもやっと蔭る。

「可愛くて気立ても良くて。そりゃ他の男も放っとかないよ。料理だって上手いしさ。助かる助かる」
「……ふぅん」
「横取りされないように気をつけた方がいいぞ」
「ご忠告どうも。」

そんなやりとりを交わしていると、ハルが再び店を出てきた。太った女性と何やら話しながら笑っている。オーナー夫妻の奥方の方であるらしい。入れ違いに店へ戻る男に会釈をし、こちらへ駆けてくる。

「お待たせ。サリーさんの畑で穫れたカボチャ、頂いちゃった。こんなに大きいの」
「……持つよ。疲れただろ」
彼女の手から袋を受け取り、立ち上がった。


── 彼女を好ましく思う男が一定数以上いる事は
ペテルブルクにいた時から知っていた。

「スープをたくさん作るわね。カボチャのパイも」
「ああ」

今更どんな話を聞いたって関係ないのに。
いつも通りにしようと思っても何だか上手く笑えない。