「荷物預けてくるね」
「一緒に行こうか?」
「ううん。すぐそこだから」
大丈夫、と答える彼女にボストンバッグを手渡した。行列の一番後ろに並ぶ姿を眺めていると。
「っ、」
突然ぐいっと腕を引かれ、驚いてバランスを崩す。顔を上げた俺の目に飛び込んできたのは
「やはり。あなたでしたか」
ハルの暮らしていた修道院の女性だった。教会が火事になった時、警察に事情を話す姿が記憶に残っている。
「あ……ど、どうも」
助けを求め視線を送るも、ハルはあさっての方を向いていて全然気付かない。
「ハルには、淋しくなるから見送りには来ないでと言われているのです。内緒にして下さい」
睨むような目つきで俺を見る彼女は
「街を出て行くというから。きっと大切な人が出来たのだと思いました」
やがてハルへと視線をうつし、小さくため息を吐いた。
「あなた、名は何と?」
「イーヴァンです」
「イーヴァン。あの夜……ハルを助けてくれてありがとう」
肩が震えだし、ぎょっとする。
「あの子はね。一度も私に泣き言を言った事が無いのです。怖いとか、淋しいとか……子どもの頃から、ただの一度も」
「……」
「たった一人の肉親を目の前で殺され、言葉もわからない国で暮らす事になって。まだ小さな女の子が辛くなかったはずはないのに」
彼女はハンカチで目元を押さえながら続けた。
「一人で全部抱え込んでしまう子だったの。いつか心が壊れてしまうんじゃないかと心配していました。だから……ハルが甘えられる場所ができたなら良かった。」
ありがとう、と。もう一度俺に言う。真っ赤な目に胸が詰まった。
親代わりにハルを大切に、慈しんで育ててきたのだとわかる。
「あの子の言った通りね。顔を見たら淋しくなったわ。気が付かれないうちに行きますね」
「……はい。お元気で」
「あなた達に、神のご加護がありますように。」
最後に、俺の耳元で
「支えになってあげてね?」
優しい声で囁き、彼女は去っていった。
