仕事の関係でやってきた早朝の駅。見知った顔が目に入り、足を止めた。
「イーヴァン?」
およそ二年ぶりに見た彼の、らしくもないスーツ姿にどきりとしてしまう。腕時計を気にしながら柱に寄りかかりいかにも待ち合わせ風だ。
「まだこの街にいたの……?」
悪い仲間とつるんで事件を起こし、内々に指名手配され逃げていると風の噂で聞いていた。
バカなんだから、と呆れると同時に、何故かショックを受けている自分もいて。もう会う事なんて無いと思っていたのに。
「もしかして、変装のつもりなのかしら」
声をかけようか迷っていると、すぐ後ろにある扉が開いた。
「あ」
ボストンバッグを抱えた女性がいるのに気付き、扉を手で押さえてあげる。
「すみません。ありがとうございます」
綺麗、と可愛い、が見事に融合したその人は私に頭を下げた。
羨ましいくらいに細身で顔が小さくて。雰囲気は落ち着いているのに顔立ちは甘く、親しみやすい印象だ。ロシアでは珍しい黒い髪が、少しウエーブしながら肩の辺りで揺れている。
彼女もまた待ち合わせ中なのか、歩きながら周囲を見回していた。早朝といえど駅構内はそれなりの人で賑わっている。
……瞬間、何故かピンときた。
根拠なんて何もない。けれど、当たっている予感がした。
「あの」
背中を追いかけ肩を叩くと、彼女は少し驚いた様子で振り向いた。
「名前を聞いてもいいですか?」
近くで見ると、同性の私でさえその透明感に魅せられてしまう。
「ハル、といいます。」
彼女は不思議そうな顔をして。それでも微笑みながら答えてくれた。
── ほら、ね?
やっぱり。やっぱりこの人じゃない。
「急にごめんなさい。知り合いに似ていたもので」
私も微笑みを返す。彼女の薬指にある指輪に気が付いたのは、その時だった。
「……良い旅を」
「あなたも。」
私に会釈をし、彼女はまた歩き出す。
しばらくそのまま見ていると、案の定イーヴァンが駆け寄ってきた。
とても自然に彼女のバッグを持つ彼は別人みたいに優しい顔をしていて。
── 『ハル』。
あの日聞いた、切ない声を思い出す。
「上手くいったのね……」
あの指輪は、当然イーヴァンから贈られた物なんだろう。
並んで歩く二人はとてもお似合いだったけれど
良かった、とは思えなかった。
ぱたぱたと涙が零れてしまったから。
「ひ、く……」
たった一度だけ繋いだ手を握りしめ、静かに泣いた。
── そうか。私、
好きだったのね。
親友があいつに振られた時、心のどこかでホッとしたのも
好きだったからなのね。
……バカみたい。今更気付くなんて。
ほんと、バカみたい。
胸がちりちり痛んだ。乱暴に涙を拭い、歩き出す。
「確かに、あの人は口から生まれてなさそうね……」
いよいよ二度と会う事のない彼の背中は
もう見えなくなっていた。
「イーヴァン?」
およそ二年ぶりに見た彼の、らしくもないスーツ姿にどきりとしてしまう。腕時計を気にしながら柱に寄りかかりいかにも待ち合わせ風だ。
「まだこの街にいたの……?」
悪い仲間とつるんで事件を起こし、内々に指名手配され逃げていると風の噂で聞いていた。
バカなんだから、と呆れると同時に、何故かショックを受けている自分もいて。もう会う事なんて無いと思っていたのに。
「もしかして、変装のつもりなのかしら」
声をかけようか迷っていると、すぐ後ろにある扉が開いた。
「あ」
ボストンバッグを抱えた女性がいるのに気付き、扉を手で押さえてあげる。
「すみません。ありがとうございます」
綺麗、と可愛い、が見事に融合したその人は私に頭を下げた。
羨ましいくらいに細身で顔が小さくて。雰囲気は落ち着いているのに顔立ちは甘く、親しみやすい印象だ。ロシアでは珍しい黒い髪が、少しウエーブしながら肩の辺りで揺れている。
彼女もまた待ち合わせ中なのか、歩きながら周囲を見回していた。早朝といえど駅構内はそれなりの人で賑わっている。
……瞬間、何故かピンときた。
根拠なんて何もない。けれど、当たっている予感がした。
「あの」
背中を追いかけ肩を叩くと、彼女は少し驚いた様子で振り向いた。
「名前を聞いてもいいですか?」
近くで見ると、同性の私でさえその透明感に魅せられてしまう。
「ハル、といいます。」
彼女は不思議そうな顔をして。それでも微笑みながら答えてくれた。
── ほら、ね?
やっぱり。やっぱりこの人じゃない。
「急にごめんなさい。知り合いに似ていたもので」
私も微笑みを返す。彼女の薬指にある指輪に気が付いたのは、その時だった。
「……良い旅を」
「あなたも。」
私に会釈をし、彼女はまた歩き出す。
しばらくそのまま見ていると、案の定イーヴァンが駆け寄ってきた。
とても自然に彼女のバッグを持つ彼は別人みたいに優しい顔をしていて。
── 『ハル』。
あの日聞いた、切ない声を思い出す。
「上手くいったのね……」
あの指輪は、当然イーヴァンから贈られた物なんだろう。
並んで歩く二人はとてもお似合いだったけれど
良かった、とは思えなかった。
ぱたぱたと涙が零れてしまったから。
「ひ、く……」
たった一度だけ繋いだ手を握りしめ、静かに泣いた。
── そうか。私、
好きだったのね。
親友があいつに振られた時、心のどこかでホッとしたのも
好きだったからなのね。
……バカみたい。今更気付くなんて。
ほんと、バカみたい。
胸がちりちり痛んだ。乱暴に涙を拭い、歩き出す。
「確かに、あの人は口から生まれてなさそうね……」
いよいよ二度と会う事のない彼の背中は
もう見えなくなっていた。
