きみが春なら

俺だって、
俺だって。
ずっと可愛いと思ってた。

「よーっし。そろそろ閉めるかぁ」
「うん」
きゅ、と蛇口を捻る音。流しを磨き終えたハルが頷く。
バタバタと片づけ、明日の営業に向けた準備も整える。二人でワゴンを出ると北風が強く吹いていた。

「さっむ!」
「本当ね」

さり気なく彼女を風からガードする。
一日の売上げをオーナーに届けに行くのは、以前はハルの役目だった。しかし金額が大きくなってきた事と、閉店間際まで客が途切れない事が続き、最近じゃ店を閉めるまで二人で残るようになっていた。

「まーた冬がくるのか。俺の大嫌いな冬が」
「ふふふ。毎年言ってる」
笑うハルの鼻の頭が、赤く染まっていた。

オーナーに売上金を届けた後、揃って事務所を後にするのは大体22時過ぎになる。最近修道院を出て一人暮らしを始めた彼女を途中まで送り届けるのも、すっかり日課になっていた。

「ごめんね。遠回りになるでしょ」
「いいんだよ!俺がそうしたいんだから」

いつも通りのやりとりを交わしながら
いつもより歩みが遅いのは向かい風のせいにして。

「ありがとう。ジル」
「ハル」
別れる間際に呼び止める。

「ん?」
「また遅れてるぞ。その時計」

彼女が自分の手首に視線を落とす。
「しょっちゅう遅れるな。古いのか?」
「どうかしら。新しくはないのかも」
それが彼女の物でない事には、最初から気が付いていた。細い腕には不釣り合いなほど文字盤が大きい。

「でも、絶対に止まらないのよ。すごいでしょ」

笑っているのに悲しそうに見える。

……どこの男だよ、
こんな顔させるの。