きみが春なら

ある日。当番に当たっていた私は、仕事へ向かう前に教会入口の掃き掃除をしていた。

「ん?」

無心で竹箒を動かしていると、反対側の通りからこちらを見つめる男の人と目が合った。特に気にせず視線を逸らしたけれど彼はニタニタ笑いながら近付いてくる。

「修道女か?あんた」

お酒に酔っているとわかる赤ら顔でそう尋ねられた。鼻にツンとくる、何ともいえない匂いがする。
「いいえ?」
「……ただの掃除婦か」
彼はちっ、と舌打ちをし私の髪に指を絡ませてきた。

「そうだよなぁ。あんたみたいな異人は修道女になんてなれねぇか」
異様な雰囲気だ。背筋に寒気が走る。

「ミサなら今日の分はもう終わりましたが」
「だーれが参加するかよ、あんなもん!」
彼の大声が通りに響き渡った。 

「どうせ神様なんていやしねーんだよ!あんたもそう思うだろ?なぁ、姉ちゃん!」
強い力で手首を捕まれ、恐怖に身が凍る。

「やっ……」
「ハル!」

教会の中から走り出てきたシスターの先輩が、私を無理矢理連れて中に戻ってくれた。

「大丈夫!?」
「う、うん。ありがとう」
「またいたんだね。あの中年男」
先輩は扉越しに外を睨みながら言う。

「ミサの時間になると、決まってこの辺りをうろついてるの。教会に何の恨みがあるんだか知らないけど、ずっとあの調子。気味が悪い。どう見たってまともじゃないよ」

私の手首には、彼の指の痕が赤く残っている。気持ちがまだざわついて落ち着かなかった。
「あんたも不用意に外に出るんじゃないよ。相手にしちゃダメ」
「……わかった」
小さく頷き、二人でその場を離れた。


── その後の私は
繰り返し考える事になる。

この時、何を言っていれば彼を止める事が出来たのか。

それとも
どんな言葉をもってしても、止める事なんて出来なかったのか。