……玲香ちゃんの旅立ちまでの日々は、『割と』穏やかに過ぎていった。
「ねぇ昴君、これはどう?」
「えっ、ええっ……」
この日、僕たちは。
なにか『おすそわけ』を受け取れといわれて。
玲香ちゃんの家。
というより、その部屋にお邪魔しているところである。
「玲香。海原くんにぬいぐるみなんて、やめなさい」
「え〜、でもかわいいのに?」
「なんで女物の服なんですか! 絶対ダメです!」
「え〜、でもわたしのお気に入りだよ?」
「なおさら、ダメです!」
妙な提案ばかりする玲香ちゃんを。
三藤先輩と高嶺が、僕のかわりにブロックしてくれている隣で。
「姫妃ちゃん、この参考書とか使ってみたらどうですか?」
「こんな難しいのなんて、無・理・っ!」
波野先輩と市野さんは、本棚を物色しながら。
「でもこの漫画は、演技の参考にな・る・っ!」
「これ解けたら……成績上がりそうですね」
お互いに方向性は違えど。
しっかりと品定めしながら、意外と多くのものをもらっている。
「あれもこれもダメとかいわれたら、昴君にあげるものがなくなっちゃう」
「なくてもいいのよ、思い出があるわ」
「なにそれ、どの恋愛小説のセリフ?」
「わたしのオリジナルだけれどなにか?」
「本当? なら昴君と『だけ』思い出を増やす時間もらえない?」
「玲香、調子に乗るのはやめなさい」
僕は聞こえないフリを……したほうがいいのだろう。
高嶺がチラリと、こちらを見ると。
「わたしの家まで、ちゃんと運んでよ」
「え、なんで僕が?」
「だってアンタ、どう見ても暇じゃん」
そういってドサリと、目の前にダンボール箱を置いてきて。
「わたしのも・っ!」
「じゃぁ、近くまででいいんで」
「海原くん、荷物が多いのよね」
結局その日は、徒歩圏内の高嶺の家と三藤先輩の家だけでなく。
わざわざ電車に乗って、波野先輩と市野さんの荷物も運ばされた。
「……出発前なのに、無駄に時間が取られたね」
「ほんと、わたしたちなにしてるんだろうね?」
すべての『配達』を終えると、玲香ちゃんは。
「でも、みんなでゾロゾロ移動したりできて楽しかった」
思い出づくりになったと笑う。
……それから迎えた、玲香ちゃんと過ごせる最終日。
午前中授業だったその日は、聞くところでは三年一組の教室でも。
そして、早めに帰れと放送室にやってきて。
そのまま校門まで見送ってくれた先生たちの前でも。
玲香ちゃんはあくまで……『平常運転』で。
「じゃぁ『あの公園』で、お別れね!」
玲香ちゃんのリクエストに応じて。
僕たちがよく小学校のときに遊んでいた。
懐かしい場所まで……きたのだけれど。
……玲香ちゃんは、割と『普通』だった。
「ねぇあなた。本当に……二度と会うことはないのよね?」
さすがのセリフは、三藤先輩で。
「聞きかたが……スゴイよね」
「怖いよね、単純に怖い」
高嶺と市野さんがコソコソと話す横で。
「でも、やっと聞いてくれた・っ!」
波野先輩が、両目をキラキラと輝かせている。
「みんな、やっぱり知りたい?」
待ちかねていましたとばかりに、玲香ちゃんは。
「実はね!」
なるほど……僕たちはようやく。
藤峰佳織、高尾響子、そして寺上つぼみ。
……あの三人も『あっさり』していた理由に、合点した。
玲香ちゃんは、『丘の上』からの正規留学生扱いとして。
来春『丘の上』を卒業できるよう手配した。
「あなた……ただの観光旅行なの?」
「じゃなくて、いままでの頑張りが認められたってこと」
「なーんか、わたしみ・た・い?」
「姫妃とは違うよ、一緒にしないで」
「ひ、ひどい・っ!」
「ちょ、ちょっと姫妃!」
「キャ〜!」
三人がぐちゃぐちゃになるのを遠目に、高嶺と市野さんが。
「どういうこと? また泣かされ損?」
「玲香ちゃんが、ちゃっかりしてたってことかな?」
少しだけ冷めた目で……先輩たちを眺めている。
「ちょっと待って、それは違う」
玲香ちゃんが、心外だという顔でみんなを見て。
「カリキュラムとかズレてる分、相当勉強が必要なんだけど?」
結構難しいのだとアピールする。
「そうなの?」
「当たり前だよ、大学受験だってあるでしょ?」
「うわっ、いきなり現実だ……」
玲香ちゃんは、ちょっと得意げな顔をしたあと。
「だからね、ちゃんとしないとぉ〜」
珍しいトーンで。
……『失敗したら、三年生をやり直しになる』と口にした。
「『失敗したら』って、あなた……」
「なに、月子?」
「海原くんと同じ学年に、なるつもりなの?」
「あれ? そう聞こえた?」
「い、いえ……玲香は相当優秀だから、失敗なんてありえないわよ」
三藤先輩が、珍しく玲香ちゃんを手放しでほめると。
「そうそう! 玲香なら、絶対失敗しない・か・ら!」
慌てた声の波野先輩とふたりで。
「どんな手を使ってでも……一緒に卒業するわよ」
「海原君と同じ学年なんて、楽しくない・よ・っ!」
必死の顔に、なっている。
「玲香ちゃんと……同級生?」
高嶺は一瞬、考えたあと。
「ないない! 死ぬ気で勉強してきて!」
「学業成就のお守り、好きなだけ送ります!」
市野さんと一緒に、あせっている。
「……じゃぁさ、昴君はどう思う?」
「えっ?」
「『玲香お姉ちゃん』と、同級生になりたいのかなぁ〜?」
「え?」
「いま?」
「『お姉ちゃん』って……」
「前にも、そんな人いませんでした?」
僕が答えるよりも先に、みんなが反応すると。
「違う違う」
玲香ちゃんが、自信満々に。
「わたし『昔からずっと』、昴君のお姉ちゃんだったからさ」
腕組みをしながら、みんなを見る。
その姿は、まるきり『昔』のままで。
「なにか文句ある?」
そんな感じで……僕の周りに喧嘩を売っている。
この雰囲気、この状況は。
玲香ちゃんが、小学校を卒業したときと……よく似ている。
赤根玲香は、いつだって。
本当はやさしくて、結構かわいくて。
でもハラハラさせて、おまけに破壊者で。
その理由は常に……。
僕の……『お姉ちゃんだから』だった。
「お姉ちゃんだから、昴君はわたしのものなの」
玲香ちゃんが、固まるみんなを前に。
「だよね、昴君?」
僕の近くに、寄ってくる。
「じゃぁ『あの公園』で、お別れね!」
……お、思い出した。
「昴君……小学校ではお別れだね」
「う、うん……」
「でもね、『お別れしたって、忘れない』よ……」
そして、あのあと……。
「あっ! 桜の花!」
「えっ?」
そういわれて、思わず公園の木を見上げたときに……。
……玲香ちゃんの『なにか』がほんの少しだけ、僕の頬に触れたのだ。
「ねぇ、昴君……」
玲香ちゃんが、ガシッと僕の肩を両手で押さえると。
その息づかいが……近づいてくる。
「ちょっと! なにしてるのっ!」
みんなが慌てて叫んだ、その瞬間。
「再現して……あげよっか?」
耳元でボソリと、つぶやいた。
「あれ、昴君? どうして顔が真っ赤なの?」
玲香ちゃんは、みんなに離れるよう合図をすると。
「頭についていたゴミ、取っただけだよ?」
平然とそう告げる。
「少しだけ、昴君とふたりで話させて」
急に真面目な声になった彼女は。
「そのあと、みんなに飛び込んできっと大泣きすると思う」
素早く頭を下げて、お願いすると。
「昴君、ちゃんと聞いて」
それから僕を、ジッと見つめてくる。
「『いまはまだ、いかないで欲しい』」
「えっ?」
「小学校のときの君は、そういって泣いた」
「そ、そうだった?」
「でもね、昴君は大きくなったから」
それから玲香ちゃんは、僕の頭に右手をのせると。
……よく我慢したねと、ほめてくれた。
「わたしのこと、忘れないでね」
玲香ちゃんのその手が、スルリと離れかけて。
そのとき僕は。
「れ、玲香ちゃん!」
思わず、叫ぶ。
「いってらっしゃい」
……やっと、いえた。
「遅いんだよ、昴君」
玲香ちゃんは、笑顔で答えると。
「でも、待ってた」
次の瞬間、一気に涙をあふれさせて。
「いってきます」
なんとかそう答えてから、輪の中に飛び込むと。
それから、宣言どおり。
まるで『小学生みたい』に。
でも……いまはみんなに囲まれながら。
……公園の木の下で、あっぱれなくらい泣きじゃくっていた。
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