……波野先輩が、『戻ってきた』。
三藤先輩の、おかえりなさいの抱擁に。
高嶺や市野さんたちが加わると。
校長たちはそっと僕に目配せしてから……静かに会議室をあとにする。
「た・だ・い・ま!」
「もう姫妃ちゃん、驚かせないでよ!」
「そうですよ、心臓に悪いです!」
本当は、授業がとっくにはじまっている時間なのに。
それを一番指摘しそうな、三藤先輩が。
率先して輪の中にいるのだから構わない。
「……だよね?」
僕は同意を求めようと、隣にいる『その人』に声をかけてから。
……ようやく彼女が、輪の中にいないことに気がついた。
「あ・れ?」
「あれ?」
「玲香ちゃん?」
「……玲香?」
ほぼ同時に、みんなもその異質さに気がついて。
ここにいる全員の視線が。
直立不動のままの……彼女を囲むと。
……なんだか、とても嫌な予感がした。
玲香ちゃんは、誰とも目を合わさずに。
「姫妃、おかえり」
とりあえず歓迎の言葉は発したものの。
「うん! これで六人に戻っ・た・ね!」
笑顔の波野先輩が、駆け寄ろうとしたところで。
「六人には、戻らない」
……とても冷静な声で、僕たちに宣告した。
そのあとのことは、正直。
すべてのやり取りを覚えてはいない。
いや、本当は。
きちんとすべて、記憶はある。
ただもし、『覚えていない』。
僕がそういって、すべてをなかったことにできるのならば。
僕は何度だって……その言葉を繰り返し続けてみせる。
……会議室の中に、これまでにないほど最悪な空気が流れている。
月子に打たれた、頬が痛む。
姫妃を打った、左手も痛む。
それに加えて、どこまでも。
……心が、痛むのだ。
わたしは……伝えかたを間違えた。
「玲香、いったいどういうこと?」
「姫妃が戻ったから、わたしが安心して抜けられる」
「えっ?」
「前から悩んでたけど、ありがとね姫妃」
「なに……それ……」
「実は、お父さんの海外赴任。もう少し伸びることになってね……」
……違う世界を見られるチャンスを、逃したくないからさ。
「ね・ぇ、そのいいかた。酷くない?」
「えっ?」
「わたしが戻ったからって、なに?」
姫妃が……わたしに近づいてくる。
「ありがとねって、な・に?」
姫妃が……怒っている。
「『違う世界』とか……」
しまった。
「『チャンスを逃したくなかった』とかさ……」
映画に出演し損ねたばかりの姫妃の前では。
……あまりに酷い言葉だった。
「玲香! わたしが戻ってきた『せい』だよね!」
興奮した姫妃をとめようとしたのは、由衣と千雪で。
「いいから、どいて!」
そういってあの子が、ふたりを振り払ったとき。
もう少しで千雪が、机の角に頭を打ちそうになって。
「姫妃さぁ……」
自分が蒔いた種にも関わらず。
「怪我したことのあるあんたが、なんでそんなことするの!」
わたしが……あの子の頬を打ってしまった。
「玲香、いい加減にして」
次の瞬間、月子が。
わたしの頬を、ピシャリと打つ。
そのピンタは、わたしが姫妃にしたように。
きちんと加減はされていた。
ただ、それでも。
なんの予告もなくきたそのひと打ちは。
……思いのほか、痛かった。
「市野さん、大丈夫?」
「う、うん」
昴君の声は、とてもやさしくて。
「高嶺、立てるか?」
その差し出した手はまるで。
大切なものが壊れていないか……確認するようだった。
「ふたりに、怪我がなくてよかった」
昴君の声は、あくまでふたりにだけ向けられたもので。
「三藤先輩も、あまり賛同はできません」
次の声も、堂々としていて。
「波野先輩は、謝ってください」
そう伝える声には……昴君だけの重みがある。
「万が一のときに後悔するのは、先輩自身ですよ」
それはきっと……姫妃が以前、不幸な怪我にあったとき。
回復するまで、ずっと付き添い続けた彼だからこそ伝えられるもので。
……それだけ、いろいろな『想い』のこもったものだった。
「玲香ちゃんも……謝って」
最後にわたしに告げた昴君の声には、悲しみしかなくて。
「姫妃。それにみんな……ごめんなさい」
伝えかたが最悪。
タイミングが最悪。
発想が最悪。
こんなわたしは……最低だと思った。
「……悩んでたのに、ごめんね玲香」
「えっ?」
「自分のことばっかりで、振り回してたらから」
なのに姫妃は、わたしの頭を。
「玲香の話しを聞けてなかったから、ごめんなさ・い」
やさしく、やさしく撫でてくれる。
続いて、千雪と由衣が。
「元バレー部なんで、柱と壁にぶつけて鍛えてます」
「さすがに、ウソでしょ」
「でも、生傷くらいはよくあるし」
「はいはい、元気でいいねー」
そんな軽口をたたきながら、わたしにくっついてくれて。
「手加減したけれど、頬を見せなさい」
月子の顔が……ちょっと、照れる距離感なんだけど!
とにかく、最低なわたしに。
みんなはとっても……あたたかかくて。
もちろんそれは、昴君も……。
……あぁ。
みんなが、玲香ちゃんときちんと『仲直り』をしているのに……。
「玲香ちゃん、働かせすぎててごめん」
「なにそれ。ちょっと部長みたい」
「頼りっぱなしで……ごめん」
「それ、小学生のときに散々聞いたんだけど?」
「アンタ、もう少しまともなこといえないの?」
高嶺のいうとおり。
僕は……きちんと彼女に、気持ちを告げられない。
……いかないで欲しい。
そう言葉にしようとした僕は……いったいなんなのだろう。
高校を卒業して、進学する。
夢だった女優への道に、歩きだす。
だから海外で暮らせるチャンスにしたって。
みんなの……人生の選択なのだ。
だったら僕が。
玲香ちゃんにだけそんなことを伝えるのは。
……あまりにも無責任だ。
「玲香ちゃん、そろそろ帰らない?」
「え〜。昴君、もうちょっと一緒にいようよ〜」
あれは……小学校のときだから。
「昴君、そろそろ帰ろっか?」
「ねぇ玲香ちゃん。もうちょっとだけ遊ばない?」
仲良しの友達だったから、いえたこと。
さすがに……それくらいの『違い』はわかるようになった僕は。
……いまはまだ、いかないで欲しい。
心からうまれ、喉元まで出てきたその想いを。
息をとめて……飲み込んだ。

