恋するだけでは、終われない / お別れしたって、忘れない


 ……月曜日の朝、列車が駅に定刻どおりに到着すると。


三藤(みふじ)先輩、おはようございます」
 海原(うなはら)くんが、いつもどおりわたしに声をかけてくれる。

月子(つきこ)、おはよう」
 続けて玲香(れいか)の声がしたものの。
 なんだか少し。
 いつもよりも……『重い』のが気になった。


 学校到着後、それぞれの教室にカバンを置きにいき。
 放送室に再集合したところで。

「昨日法事に出たときの、お土産です」
 海原くんがそういって。
 おやつにと、和菓子の入った紙袋を机に置く。

「あ、それでずっと留守だったんだね」
 すると玲香が、納得したという声を出したものの。
「留守って……なにか用事だった?」
 海原くんのその言葉で、己の『失言』に気づいたらしい。


 たまたま家の前をとおり過ぎたら、車がなかっただけだと。
 玲香のいいわけには……矛盾がある。
 ただとおった『だけ』なら、留守かと想像はつくものの。
 彼女は先ほど『ずっと』留守だったと口にした。

 きっとなにか……『用事』があったのだろう。
 とはいえ、警戒した玲香を追求してもボロは出さない。
 このときのわたしはそう考えて。

「おいしそうね、ありがとう」
 これ以上は、触れないでおくことにした。



 朝礼の時刻が近づいた頃。
 放送室の内線電話が、ピカピカと光ると。

「……姫妃(きき)ちゃんが、登校しました」
 電話に出た千雪(ちゆき)が。
「急用にて、第二会議室に全員集合だそうです」
 不安そうな声で、みんなに告げる。


「きょうは臨時のレッスンで、休みの日だったわよね?」
「もしかして、転校の日程が早まったとか?」
 由衣(ゆい)が早くも、目に涙を浮かべはじめるけれど。

「いけばわかるわ、考えすぎないの」
 わたしはそう答えるのが……精一杯だった。






「……由衣、落ち着きなさい」
 廊下を歩きながら、月子ちゃんが何度もわたしにいうけれど。
 その声は、いつもと違ってやや震え気味で。
 月子ちゃんだって……怖がっているのだろう。

 会議室の扉を、海原がノックして。
高嶺(たかね)、入るぞ」
 わたしに声を、かけてくる。


「アンタが……かわりに聞いてきて」
「ここまできたんだ、一緒にいくぞ」
 珍しくまともそうなことを、アイツが口にして。

「失礼します」
 いつもなら、みんなを先にとおすはずのアイツが。
 一番最初に……会議室に入っていく。


 ……なんなの? その頼りになる感じ。


「由衣、いくよ」
 玲香ちゃんに背中をそっと押されて。
 会議室に入るとすぐに……波野(なみの)姫妃(きき)母娘と、視線が合う。

「ウソっ……」

 姫妃ちゃんのお母さんの前には、『丘の上』の制カバンが置いてある。
 本来返さなくていいはずのものが。
 わざわざそんなところにあるなんて。
 もう……決まりなんだよね。


 ……予定よりも早くに、『別れ』がやってくるなんて聞いてない。


「由衣っ!」
 すると姫妃ちゃんが。
「ねぇ、由衣っ!」
 わたしに、思いっきり飛び込んできて。

「由衣っ!」
 ちっちゃくて、細いけれどあったかい。
 そんな体で、ギュッと抱きしめてくれて。

「平気だよ……由衣」

 わたしの名前を、連続で四回も呼ぶなんて。



 ……なんだか……おかしくない?



「姫妃?」
「ねぇ、姫妃?」
「あの、姫妃ちゃん?」
 月子ちゃんに玲香ちゃんに、千雪も異変に気がついた。

「あの……波野先輩?」
 ただ……ダメなのはやっぱり。
 アイツ、なんだよね。


「姫妃……あなた」
「姫妃ちゃん、もしかして……」
 月子ちゃんと千雪が重たげに口を開いて。

「きょう、お休みじゃなかったですか?」
 あぁ……バカがひとりいる。

 怒る気にもならないわたしをチラリと見て。
(すばる)君、ポイントはそこじゃないよ」
 玲香ちゃんが、ため息をつきながら『指導』する。


「えっ、じゃぁもしかして……」
「映画が、中止になったのよー」
 バカの発言にかぶせて、『波野先輩』。

 ……ってあの。『母親』のほうね。

 この『丘の上』の卒業生で、『放送部』の先輩でもあるその人が。


 なんかいま……いわなかった?


「いや〜、そういうことでなぁ〜」
 その声に振り向くと、女装した『変態のおっさん』。
 じゃなくて、きちんとスーツを着たおっさんと。
 隣に……寺上(てらうえ)校長まで立っている。

「金曜日には、ちょっとニュースに出てただろ?」
「へっ?」
 この間抜けな声はわたしじゃなくて。
 例によって……あのバカだ。


「海原昴さぁ。お前、スマホでたまにはニュース見ろよなー」
「ですから、スマホ持ってないんで……」
「ったくよぉ、芸能関係とか……テストに出るだろ?」

 女装はしてないのに、相変わらずフルネームで呼ぶんだ。
 あと、芸能ニュースがテストに出るのってどの科目なの?

「ちゃんと年表にして覚えとけよー」
「えっ、本当に出るんですか?」
「当たり前だろ。化学とか家庭科とかの定番ネタだ」
「わ、わかりました……」

 ないないないない、絶対ないから。
 いやいやいやいや……それ以上に。
 なんでコイツ、こんなに『おっさん』と仲良しなの?



「本当に?」
「ウソっ!」
 そのあいだに、スマホで検索したらしく。
 玲香ちゃんと千雪が、ニュースを見て盛り上がっているけれど。


 ……なんなの、この展開?


「要するにな。監督の不祥事で、企画が消えちまったんだ」
 女装をしていない『おっさん』が。
 いかにも業界の大物みたいに偉そうにいって。

「いい作品だったんだけどなー、おっとでもこの先は『守秘義務』がある」
 すぐに今度は、小物感丸出しで内緒だと口をつぐむ。


「ねっ、すごいでし・ょ!」
 ところが姫妃ちゃんが、そんなことはお構いなしに。

「『余命もの』だったんだ・よ! 結構泣けたと思うよ・っ!」
 なんか……いってるけれど。
 大丈夫? 『守秘義務』とか、あるんじゃないの?


「ま、そのうち漏れるから。タイトルいってもいいぞ」
 すると『変態のおっさん』が、あっけなく許可を出して。

「で・は! 発表します!」
 姫妃ちゃんすっごく、張り切って教えてくれたけれど。

 それを聞いた瞬間。
 わたしは、割と本気で。


 涙を返せと……叫んでしまった。