ミュージックスタート


またもや数日、いつもの3人に新たにミカが加わった。私と実琴は部活やらで帰れない時があるのだが、音葉とミカは帰宅部なので行きと帰りは必ず一緒に帰るようにしている。今は3人でミカを待っている。
「遅いねーミカちゃん。どこかで寄り道してんのかな?」
「それはないと思うけどね。だっていつもミカの方が先に来てるじゃん。忘れ物取りに行ってるとかじゃない?」
「…それにしても遅いね。」
ミカはいつも私達が来る前には必ずここにいたのに今日に限っては20分以上も待っている。
「もう遅いし、直接ミカの教室行こうよ。」
流石におかしいと思った実琴が声を上げる。それもそうだと思い皆んなでミカの教室に行くことにした。
「1Eは…ここら辺?」
一年生の記憶を頼りにこの階までやって来た。これだからクラス数が多いのは困る。すると何処からか物音がしたので向かうとやはりミカがいた。
「ミカちゃ、ん…」
ミカを呼ぼうとした音葉の声はカン高い笑い声でかき消された。ゴミや紙がそこらじゅうに散らばっていたり、落書きされた机が倒れていてそこには「ブス」「調子乗んな」などと散々だ。本人はその真ん中にへたりと座り込んでいる。私達の存在に気付いたミカは顔を向けた。まるで助けを求めるかのように。しかし、それは一瞬のことですぐに顔を背けた。
「アンタ達何してんの⁉︎」
私の掛け声と共に私達は教室に入って行った。
「ミカ。大丈夫だった⁉︎」
「あの子達に何されたの⁉︎」
ミカは何も喋らない。すると音葉はスッと立ち上がり彼女達に鋭い視線を向ける。その目は黒く赤くよどんでいた。
「アンタらさ。そんなことして楽しいの?誰かを傷つけて何が楽しいの?面白半分でやった事が一生の傷として残り続けるんだよ!」
「で、でも別にウチら殴ったりとかはしてないし…ほ、ほら言葉の綾っていうか。ノリだよ。ノリ。」
音葉の言葉ですら届かない。本当の意味がわかっていないようだ。逆に後の2人は勢いに押されたのか黙ったまま。音葉は一番手前にいた反抗する女子の胸ぐらを掴んで言った。
「言葉っていうのは誰かを殺すことだって出来るんだよ。ただの気まぐれだったかもしれない。本気じゃなかったかもしれない。けどそれはもう二度と取り消せない。たった些細な一言で全てを失う人も居るんだよ。」
涙目になりながら、後ろの2人はごめんなさいの言葉を発する。
「アンタらは楽だね。ごめんなさいを言えば済むんだから。ごめんなさいで済む話じゃないだろ。だったら最初からやるな。一生をかけて償え。それが出来ないなら、さっさと消えろ!!」
そういう音葉の目はただ真っ黒に染まっていた。まるで死神か何かに取り憑かれたように。
その剣幕に怯えたのか彼女達はあわてたようすで逃げていく。その姿がすごく間抜けで滑稽だった。
「嗚呼言う奴らは両親にさぞ沢山甘やかして貰ったんでしょうね。だから簡単にあんなことできてしまう。簡単に言葉が凶器になる事を知らないから。言葉の重みを知らないから。」
遠ざかっていく彼女達を音葉は羨ましそうに悲しそうな目で見つめていた。
すると突然ミカは口を開く。
「なんで、…け…、の…」
急にボソボソと呟いた。思わずえ?と場に合わない調子外れな声を出してしまった。
「なんで助けるの!?」
そう言ったミカの目はうっすらと滲んでいた。
私は一瞬何を言っているのか分からなかった。私が混乱しているのを他所にミカはゆっくりと口を開いた。
「なんで?どうしてそんなに私に構うの?私助けてなんて言ってないじゃん。お節介も程々にしてよ!迷惑なんだよ。」
口調はどんどん早くなっていく。ミカの発する言葉は私の心に深く突き刺さった。鋭いナイフの様に。
「何?いじめっ子からいじめられっ子を守って感謝されたいわけ?」
「ち、ちがう。そう言うわけじゃ、」
「なーんだ。アンタらは違うと思ってたのにやっぱり結局変わらないんだね。皆んな表面の薄っぺらいところしか見てない。その下にはもっと別の何かがあるのに。」
反論したいのに、言葉が出てこない。これが"いじめ"と言うやつなのか。ミカの言葉は私の心をさらに踏み付ける。
「友達だと思ってたのにな。正義感振りかざして私の事なんも知らないくせに知ったような事しないでよ!!!」
ミカはくるりと背を向け、走り出す。すぐさま音葉はその背を追いかける。美琴が音葉の後に続こうとしたのを手を実琴の前にやり、行かせないようにした。実琴がなんで?と言う視線を向ける。
「あれはきっと音ちゃんにしか出来ない事だと思う。私達が行ったって足手まといだよ。」
あの姿を見て分かった。音葉は何に対しても一生懸命だ。今もこうしてミカと必死に向き合おうとしている。私だったらあの子達にあそこまで言えない。私達がいても何も変わらないだろう。
「で、でも…」
「音ちゃんならやってくれる。私達が信用しなくて誰が信用するのよ。実琴だってわかってるでしょ。」
私は確信していた。音葉にしか出来なくて、音葉ならやってくれると。訴えに響いたのか実琴はゆっくりと後ろに下がる。
「それよりも私達はあれをどうにかしなくちゃね。」
そう言って指さしたのは倒れた机に、散りばめられたゴミがある教室だ。明日ミカがこれを見たらどう思うか分かり切ったものじゃない。
実琴は怪訝な顔をしたもののそれもそうだねと言いながらゴミを拾う。
「頼むよ。音ちゃん。」
此処にはいない音葉へ心からのエールを送った。
  
外にはザーザーと雨が降っていた。今の心情を絵に描いたようだ。
ミカは学校から飛び出して肩が濡れるのを感じながらあてもなく知らない道を街を走っている。
なんであんな事を言ってしまったのだろうか。
罪悪感がのしかかる。
助けて貰って嬉しいはずなのに。
自分が何もかも悪いはずなのに。
音葉達に八つ当たりして言いわけがない。
きっと私がいなくなってせいせいしているだろうと分かっている。
一方でそれでも自分を追いかけて声を掛けてくれるんじゃないかと馬鹿らしい想像をする。
自分はいつもこうだ。
いくら友達が出来てもこうやってきつい言葉を浴びせている。
そうすることでしか自分を守れないから。離れられるよりも自分から離した方が傷つかないから。
でもリオならあんなこと言わなかっただろう。もっと誰も傷つけずに出来たはずなのに。
「見て〜テスト満点取っちゃった。」
「あら、凄いわね。リオも頑張りなさいね。双子なんだから。」
"双子なんだから"
口々に揃えてそう言った。それは段々と自分を締め付ける言葉となった。年齢が増えていくにつれて差がはっきり出るようになった。人見知りでぼっちで成績だけが良い自分。成績は悪いけど有名人で人気者のリオ。どちらが良いのかは一瞬でわかる。親は肩書きしか求めないひとだからリオばっかり褒めた。
しかも、自分の勉強をする意味が分からなくなり成績も落ちてきた時だった。
「アンタねぇ。ただでさえ成績がいいとしか取り柄がないのに、それも出来ないなんて本当に終わってるわね。リオはあんなに活躍してるのに。」
「リオちゃんはこんなこと朝飯前だったよ。なんでできないの?双子なのに。」
そんなことわかってる。自分が一番わかってる。こんなに違う事も。リオよりも圧倒的に劣っている事も。散々比べられてきたよ。寄ってくる友達だって最初は嬉しかった。
でもね気付いたんだ。
皆んなリオが目当てなんだって。
あの自分を見る目があの声がそう言っている。音葉達と過ごすようになって初めて自分を認めてもらえた気がした。でもこうしてまた自分から突き放した。自業自得。そんな言葉が自分にはお似合いだとおもう。
雨はさらに強まる。走りすぎたからか、段差で躓いてしまう。膝を見るとパックリと切れた皮膚から血がどくどく流れていく。自分が情けなくて視界が涙で滲む。泣いたって助けは来ないのに。
「同じ双子なのに。なんでこんなに違うの?」
そんなの自分が聞きたいよ。
「同じ顔なのにー」
「同じ身体なのにー」
わかってる。そんなのもう聞き飽きたよ。
わかってる。でも、だけど、
どうしてみんなは"私"を見てくれないの?
自分は岩瀬リオじゃない。
なのに。どうして。
「アンタは岩瀬リオの双子として失格なんだよ!」
自分には"ミカ"っていう名前があるんだよ。
苦しい。痛い。悲しい。辛い。苦しい。
誰か。誰でもいいから。お願い。お願いだから。どうか私を見て。私を馬鹿だなんて叱ってよ。だから。どうかお願い。私を見て。私の名前を呼んでー
「ミカちゃん!!」
それは今一番会いたくて、一番会いたくない人の声だった。ハァーハァと息を切らしながら傘を持っているのに全身ビチョ濡れだ。それなのに、そんなこと気にもせずに自分に駆け寄ってくれる。
「なんで…ここがわかったの?」
嬉しいはずなのに、振り返らず皮肉な声を出す。
「まあ、何となく?私のカンだよ。」
そう言って、ほっとしたような笑みを浮かべる。自分を安心させようとしてくれるのが目に見えて嬉しく思ってしまう。せっかく高い位置で結んだポニーテールが萎んでしまっている。
「どうして私に構うの?何も知らないくせに。」
優しくして貰って居るのになんで自分は素直に受け入れられないのだろうか。音葉はさっきとはまた違う笑みを浮かべて答えた。
「じゃあ聞くけどさ。ミカちゃんは私のこと知ってる?」
「いちごが好きで、お節介で、それから……」
「私がどんな人生を過ごしてどんな風に思って来たか、とか。」
「………」
意味が分からずに黙り込む。当たりだ。そう言いたげに口を開く。
「知らないでしょ?だってまだミカちゃんには言ってないんだもん。いくら友達だと言ったってなんでも知ってるわけじゃない。はっきり言っちゃえば他人だもん。」
「だから教えてよ。言わなきゃ伝わらないから。ミカちゃんに何があったのか。もちろん無理にとは言わない。けど苦しそうなミカちゃんを見るのが嫌だから。私にも手伝わせてよ。」
雨はさっきの大雨が嘘のように晴れてしまった。葉っぱから垂れる雫。アスファルトにできた水たまり。見上げると空は雲一つない晴天とはいかなかったけどそれが自分にはとても眩しくて輝いていた。
「何で?」
自分はずっと気になっていた事を聞いた。なんでそんなに私を気にかけてくれるのだろうか。自分は岩瀬リオの双子なのに。何にも出来ないのに。
「なんでって。友達だからだよ。」
キョトンしてと当たり前のごとく音葉は言った。それを見て思った。ああ、なんて眩しいのだろうと。雨上がりの空も葉っぱも美しいけれど、それの何倍も何十倍も全てが滲んでしまう程に音葉は眩しい。どうしてかいつも一番欲しい言葉をくれる。
「それは自分が岩瀬リオの双子だから?」
「ううん。私は岩瀬リオの双子だから友達になったんじゃない。岩瀬ミカの事が好きだから。ミカちゃんともっと話したかったから友達になったんだよ。」
どうしていつもそうやって私の手を引いてくれるの?
どうして音葉は優しく微笑んでくれるの?
大丈夫なんて笑ってくれるの?
もしかしてー
「私を見てくれているの。」
溢れた独り言に音葉は何も言わず頷いたように見えた。
それが堪らなく嬉しくてこられ切れなくなった涙がぽろぽろと落ちてくる。そこでやっと自分が泣いていることに気づいた。そう言えば最後に人前で泣いたのはいつだっけ。
音葉の前では強がっていようと思っていたのに。泣きたくなかったのに。
赤ちゃんのように泣いていた。
そうか。自分はずっと辛かったんだ。自分を見てもらえないのが。リオと比べられるのが。そうわかったらさらに勢いよく泣き喚いていた。音葉は相変わらず優しく近寄り背中を撫でてくれた。
空には七色に光る虹がかかっていた。

それからどのぐらい経ったのだろうか。近くの公園のベンチに座っている。辺りはうっすらと暗くなっている。目を擦ると赤くなっていて、痒い。頭もぼやっとしていてクラクラする。
「大丈夫?落ち着いた?」
「あのね、音葉の言った通りいじめられてたんだ。あの子達に。」
音葉にならきっとわかってくれるだろう。そう思って口を開いた。音葉は「そっか」とだけ言った。
「上履きとか教科書とか使うものは全部隠された。暴言を吐かれるのは当たり前。蹴られたりすることもあった。毎日のようにいじめられて地獄だった。先生も見て見ぬふりだし。もうどうしたらいいかわからないよ。」
どんな反応をするのか怖くて俯いていると、ふわりと何かに包み込まれた。
「がん、ばったよ…ミカ、ちゃんは」
泣くのを堪えながら言葉を続ける音葉に抱きしめられるのには悪い気はしなかった。一つしか年は変わらない。背も同じくらい。なのに自分の体はいとも簡単に吸い込まれる。
「エライ…よ。私よりもずっと…」
自分の為に音葉は泣いてくれた。話を聞いてくれた。それだけでまた涙が滲んでくる。
「でも、私がもっとしっかりしていれば、リオみたいに明るい子だったら、こんなにいじめられることもなかったのに、こんなに苦しまなかったのに、私ってば本当に馬鹿ー」
「そんなことない」
自虐思考をがぷつりと糸が弾かれるように頭の中を交差する。そんな言葉を続ける自分を音葉は遮った。
「その状況で自分の意思を押し通すのは中々出来ないことだよ。この世には上の立場の人に逆らえず苦しむ人が沢山いるから。私も自分の意思を言えなくて苦しんできた人の一部だから」
そこで言葉を切って一息つく。
「羨ましいな」
ぽつりと出た言葉を自分は見逃さなかった。
心からそう思っているのだと。
それを目の当たりにしてもかける言葉は何一つ思いつかない。何を言ったら音葉は笑ってくれるのか。いや、音葉の事だ。笑ってありがとうなんて言ってくれるだろう。優しいから。
しかし、音葉は心から笑ってくれるだろうか。
音葉はいつも“作り笑い“をしている。本当に笑っているところを見たことがない。自分に友達になろうと声を掛ける時に向けられる、あの偽りの笑顔だ。あの笑顔を本物に出来るのは多分自分じゃない。今、自分がどんな言葉をかけても心に響く訳がない。かける言葉が見つからず俯く。すると、何かを思い出したかのようにあ、と声を漏らす。
「教えてくれたお礼に秘密、教えるよ。」
「そんな良いのに」
知りたい気持ちは確かに心の奥底にあった。しかし、自分が触れてはいけないような事を教えられる気がして。
「ミカちゃんが教えてくれたんだから私も教えなきゃ、ギブアンドテイクな関係じゃ無いよ。」
「私も腹を括らなきゃ。」
音葉は覚悟が決まった声で言う。それは自分にでは無く、音葉自身に向けて言っているように聞こえた。

「あのね、私、人殺しなんだ。」

淡々に告げられる言葉に驚きを隠せなかった。