あの公園で、君に会えたら

春の風は、あの日と同じようにやわらかかった。

公園の桜は満開で、花びらが静かに舞い落ちている。ベンチに並んで座る奈々は、お腹にそっと手を添えていた。

ふっくらと丸くなったお腹。
その上に重なるように、諒の大きな手がある。

「疲れてないか」

低く落ち着いた声。

「大丈夫。ちょっと重たいだけ」

奈々が笑うと、諒は安心したように小さく息を吐いた。その横顔は昔よりずっと穏やかで、どこか柔らかい。

危険な世界に身を置く男なのに、奈々の前ではこんな顔をするようになった。それが奈々にはたまらなく愛おしい。

「この公園、久しぶりだね」

「そうだな」

二人の視線の先には、滑り台と砂場。幼い頃、三人で走り回った場所だった。

奈々は少しだけ目を細める。

「あの頃はさ、こんな未来になるなんて思ってなかったね」

「俺は…少しだけ思ってた」

意外な言葉に奈々が振り向く。

「ほんとに?」

「ああ」

照れた様子もなく答える諒に、奈々は思わず笑った。

「ずるいなぁ、それ」

「そうか?」

「うん。でも嬉しい」

奈々は諒の肩にもたれた。

春の匂い。遠くの子どもたちの笑い声。穏やかな午後だった。



「相変わらず仲いいな、お前ら」

聞き慣れた声に、二人同時に振り向く。

少し焼けた肌、落ち着いたスーツ姿。以前より大人びた雰囲気。でも笑ったときの優しい目は変わっていない。

颯太だった。

「久しぶり」

奈々が立ち上がろうとすると、颯太が慌てて手を振る。

「そのままでいいよ。無理すんな」

その自然な気遣いに、奈々は胸が少し温かくなる。

「帰国したの?」

「うん。仕事一区切りついてさ」

颯太はベンチの前に立ち、奈々のお腹を見る。

一瞬だけ、ほんの一瞬だけ、目に切なさがよぎった。でもすぐに柔らかな笑顔に変わる。

「おめでとう。ほんとに」

その声は嘘がなくて、奈々は素直に頷いた。

「ありがとう」

諒も軽く頭を下げる。

男同士の間に言葉は多くない。でも、昔とは違う静かな信頼の空気があった。



三人の間に、穏やかな沈黙が流れる。

恋をして、すれ違って、傷ついて、選択して――それでも消えなかった幼馴染の時間。

颯太がふっと笑う。

「こうしてまた三人でいるの、なんか不思議だな」

「うん。でも、ちょっと安心する」

奈々が答えると、諒も小さく頷いた。

「俺もだ」

その言葉に、颯太が少しだけ目を細める。

「俺さ」

ぽつりと続ける。

「まだ独り身だけど、ちゃんと前向いてるよ。向こうで色んな経験して…仕事も楽しいしさ」

奈々はほっとした。

完全に吹っ切れているわけじゃない。けれど、ちゃんと歩いている。その強さが伝わる。

「奈々が幸せなら、それでいいって思えるようになった」

その言葉に、奈々の目が少し潤む。

「ありがとう、颯太」

「こちらこそ。いっぱい青春もらったし」

冗談っぽく言うけれど、その声はどこまでも優しい。



風が吹く。

桜の花びらが三人の足元に降り積もる。

諒が奈々の肩を軽く抱き寄せる。その仕草は昔より自然で、でも相変わらず格好良かった。

奈々は思う。

色んなことがあった。
選んで、迷って、泣いて、ここまで来た。

でも今ははっきり言える。

幸せだ、と。

お腹の子が小さく動いた気がして、奈々は微笑む。

「この子にも、いつか話すよ」

「何を?」

颯太が聞く。

「大事な幼馴染がいたってこと」

諒も颯太も、少し驚いた顔をして、それから同時に笑った。

昔と同じ笑顔だった。



春の公園。
始まりの場所。

三人はそれぞれ違う未来を歩いている。
でも、繋がっている時間は消えない。

桜の下で、またこうして笑えるなら――
それだけで十分だった。

新しい命と、新しい日々と、変わらない絆を胸に。

物語は静かに、やさしく幕を閉じる。