あの公園で、君に会えたら

朝の光は、驚くほど柔らかかった。

控室の窓から差し込む陽射しが、純白のドレスのレースに淡く反射している。鏡の中の自分を見つめながら、奈々は静かに息を吐いた。

本当にこの日が来た。

緊張よりも、安心の方が大きい。

全部、辿り着いたからだ。



別室。

タキシード姿の諒は、鏡の前に立っていた。

普段は黒を纏い、隙を見せない男。
それなのに今日は、ほんの少しだけ呼吸が浅い。

「若、似合ってます」

組員が控えめに言う。

「ああ」

短い返事。

けれど視線はどこか遠い。

奈々が歩いてくる姿を、想像していた。

喉がわずかに動く。

誰にも聞こえないほど小さな声で、呟く。

「……俺のだ」

それは確認でも、所有でもない。

やっと辿り着いた答えだった。



式場の扉が開く。

光が差し込む。

奈々は一歩踏み出した。

視線の先に諒がいる。

真っ直ぐ、逃げ場を与えない目。

奈々が近づくたび、諒の表情がわずかに変わる。

普段は誰にも見せない動揺。

父から手を託された瞬間、諒は自然に奈々の手を包んだ。

ほんの少しだけ、強く。

「緊張してる?」

小声。

「ちょっとだけ」

「大丈夫だ」

その一言が、奈々の全部を落ち着かせる。



誓いの言葉。

奈々の声は少し震えた。

それでも、最後まで言い切る。

その瞬間。

諒が奈々をまっすぐ見て、マイクを外し、小さく呼ぶ。

「奈々」

驚いて視線を上げる。

「一生、俺の隣にいろ」

命令みたいな言い方。

でも声は、ほんの少し震えていた。

奈々の胸がきゅっと締まる。

「うん」

それしか言えなかった。



指輪交換。

奈々の指に触れた瞬間、諒の瞳がわずかに揺れる。

静かに、心の奥で誓う。

——この手を、絶対に離さない。

奈々が指輪をはめ返す。

視界が滲む。

「泣くの早い」

「だって…幸せすぎる」

諒が小さく息を吐く。

そして、奈々にしか聞こえない声で言った。

「お前が俺を選んだ日から、ずっと夢みたいだ」

奈々の心臓が跳ねる。

「逃げるなよ」

低い声。

「俺、もう手放せない」

完全に心停止。



祝福のキス。

触れた瞬間、拍手が大きくなる。

奈々が目を閉じたまま涙を零す。

唇が離れたあと、諒は額に触れ、囁いた。

「やっと俺の嫁だな」

奈々の思考が止まる。

世界がぼやける。

「……諒」

「俺の人生、全部かける」

断言だった。

独占でも支配でもない。

覚悟。



披露の場。

医療仲間も、組の人間も、同じ空間で笑っている。

異なる世界が、今日だけは一つになっていた。

奈々は諒の隣に立つ。

指を絡められる。

逃げ場なんてない。

でも逃げたいとも思わない。

「これからもよろしくな」

「うん。こちらこそ」

諒がふっと笑う。

「幸せにする」

即答。

奈々が笑う。

「一緒に、でしょ」

一瞬、諒が目を細める。

「……ああ。一緒にだ」

その修正に、奈々は胸がいっぱいになる。



祝福の光の中で、二人は並ぶ。

ここは終わりじゃない。

始まり。

でも今日だけは、ただ幸せでいい。

諒が最後に、耳元で小さく言った。

「選んでくれて、ありがとう」

奈々は涙で笑う。

「こちらこそ」

その笑顔は、迷いのない花嫁の顔だった。