あの公園で、君に会えたら

夜勤明けの朝。

職員玄関を出た瞬間、奈々は空気の揺れに気づいた。

少し離れた場所に停まる黒塗りの車。
運転席にはスーツ姿の男。

救命の白衣とは、あまりに対照的な存在だった。

「奈々、最近迎え来てるよね?」

同僚の軽い声。
悪意はない。ただの好奇心。

奈々は小さく笑った。

「うん、ちょっとだけ」

それ以上は言わない。

自動ドアが閉まり、朝の光の中で車のドアが静かに開く。
その光景が、確実に誰かの記憶に残っていると分かった。



数日後の出勤日。

ナースステーションに入った奈々に、師長が声をかけた。

「今日、看護部長がお時間取れるって」

その一言で、覚悟はできた。

面談室は静かだった。

部長はまず、奈々の勤務態度や救命での判断力を評価した。
いつも通りの穏やかな口調。

そして本題に入る。

「職員玄関の件、少し話題になっています」

やはり。

奈々は背筋を伸ばす。

「あなたを疑っているわけではありません」

一拍。

「ただ、病院は“安心”で成り立っています」

その言葉は重い。

「患者さんやご家族に余計な不安を与える可能性がある状況は、避けたいの」

反社会的、という言葉は出ない。
でも意味は十分に伝わる。

奈々は静かに答えた。

「私はこの仕事を辞めるつもりはありません」

声は落ち着いていた。

「そして、病院に迷惑をかけるつもりもありません」

部長は奈々をじっと見つめる。

「なら、あなたがこの病院を守る側でいてちょうだい」

守られる立場ではなく、守る側。

その言葉に、奈々は深く頭を下げた。



その夜。

黒塗りの車は、職員玄関には現れなかった。

代わりに、少し離れた場所に停まる目立たないセダン。

奈々は歩きながらスマートフォンを見る。

『迎えは見せなくした』

諒からの短いメッセージ。



部屋に戻り、奈々は面談のことを正直に話した。

諒は最後まで遮らずに聞く。

怒りも焦りも見せない。

話し終えたあと、静かに言う。

「迎えは控える」

奈々の胸がわずかに揺れる。

「でも守りは上げる」

低い声。

「車も変える。人も変える。病院周辺で目立つことはしない」

奈々は問いかける。

「私、弱点になってる?」

諒の視線が真っ直ぐ向く。

「弱点じゃない」

即答だった。

「守る理由だ」

重く、揺るがない声。

「見せる守りは安心させるためだ。本気の守りは気づかせねぇ」

奈々はゆっくり息を吐いた。

「私は仕事を守る」

諒の目を見る。

「だから諒は、私を守って」

ほんのわずかに、諒が目を細める。

「もうやってる」

その声は静かで、確かだった。



翌日。

職員玄関にはもう黒塗りの車はない。

視線も、少しずつ薄れていく。

白衣を着る奈々は、ただの救命看護師。

けれど奈々は知っている。

見えないところで、守られていることを。

白と黒は混ざらない。

でも、境界線を引きながら隣に立つことはできる。

それが、二人の選んだ形だった。