あの公園で、君に会えたら

長く続く黒塀の先に、その門はあった。

重厚な木の門扉は高く、静かに閉ざされているだけなのに、不思議な威圧感を放っている。幼いころ何度も遊びに来たはずの場所なのに、今日はまるで別の世界の入口のようだった。

奈々は門の前で足を止める。

ここをくぐれば、もうただの幼馴染ではいられない。

隣に立つ諒が、奈々の指先をそっと包んだ。

強く握るわけでもない。ただ、逃げ場をなくさない程度の力。それなのに、その温もりだけで呼吸が整う。

「怖いか」

低い声。

奈々は門を見上げたまま、小さく笑う。

「怖いよ。でも……一人じゃないでしょ?」

一瞬の沈黙のあと、諒が頷く。

「当たり前だ」

門が開く。



整えられた日本庭園が広がっていた。

松の枝、石灯籠、池の水面に映る空。

昔は走り回った庭なのに、今日は空気が違う。ここは“遊び場”ではなく、“家”なのだと理解する。

屋敷へ通され、広い和室へ案内される。

襖が開き、諒の両親が姿を見せた。

父の威厳ある佇まいと、母の静かな品の良さ。

「久しぶりね、奈々ちゃん」

母の声は昔と変わらず優しい。

だが、父の視線は鋭かった。



「今日は結婚の話だな」

低く、重い声。

諒が迷いなく答える。

「奈々と結婚します」

真っ直ぐな声だった。

奈々の指先がわずかに震える。

その瞬間、諒の手がそっと重なった。

逃げなくていい、と言われているみたいだった。



父が奈々を見る。

「覚悟があると言ったな」

空気が張り詰める。

「この家に入るということは、敵も背負うということだ」

奈々の喉がわずかに鳴る。

父は続ける。

「表では妻。だが裏では弱点にもなる。
 狙われる可能性もある」

静かな言葉なのに、重い。

「それでも来るか」

試すような問いだった。

奈々は一瞬だけ息を止める。

怖くないわけがない。

でも。

「はい」

声は震えなかった。

「簡単じゃないと分かっています。でも……それでも隣に立つと決めました」

視線を逸らさずに言い切る。

沈黙。

そのとき、諒が口を開いた。

「親父」

声は低いが、はっきりしていた。

「奈々は俺が選んだ」

父の視線がわずかに動く。

「守れないなら、最初から連れてこない」

静かな宣言だった。

「弱点にさせる気もない」

その言葉に、空気が変わる。

父と息子の間に、言葉にならない緊張が走る。

やがて父が小さく息を吐いた。

「……そうか」

それは承認だった。

「覚悟があるなら歓迎する」

母が穏やかに微笑む。

「この家に来るなら、あなたはもう家族よ」

奈々の胸の奥で、張り詰めていたものが静かにほどけた。



庭から風が吹く。

障子越しの光が揺れる。

奈々は思う。

この人の隣で生きていく。

怖さも、不安も、現実もある。

でもそれ以上に、確かな安心があった。

諒が耳元で小さく囁く。

「ほら、大丈夫だったろ」

奈々は小さく笑う。

門の向こうにあったのは恐怖じゃない。

覚悟を試される場所だった。

そして――

その先にあるのは、逃げ場のない未来じゃない。

二人で進む未来だった。