あの公園で、君に会えたら

出発ロビーは思っていたより明るかった。

ガラス越しの滑走路。
人のざわめき。
機械的なアナウンス。

なのに奈々の耳には、すべてが遠い。

現実感がない。

「まだ時間あるな」

隣で諒が言う。

声はいつも通り落ち着いている。

でも、奈々には分かった。
その静けさは、無理をしている。

少しして、颯太が荷物を引きながら歩いてくる。

「お待たせ」

いつもの笑顔。

でも、目の奥が少しだけ硬い。

この一ヶ月で、何度も自分に言い聞かせたんだろう。

行く、と。

奈々の胸が締めつけられる。

⸻

「ほんとに行くんだね」

かすれた声。

颯太は頷く。

「うん。正直、めちゃくちゃ怖い」

笑う。

「でもさ、今行かないと、俺ずっと奈々の近くにいようとする」

冗談みたいに言うけど、目は真剣だった。

「甘えたままじゃ終われないだろ」

奈々の視界が滲む。

「俺、奈々といた時間、本気だった」

一拍。

「未来も普通に考えてた」

そこまで言って、少しだけ言葉が止まる。

でも続ける。

「だから、ちゃんと区切る」

涙が溢れる。

止められない。

「私も……幸せだった」

喉が詰まる。

「颯太といた時間、全部本物だった」

颯太が一瞬だけ目を閉じる。

そのまま数秒、開かない。

そして、開ける。

「よかった」

かすかに震えていた。

⸻

諒が一歩前に出る。

「体壊すなよ」

短い。

それだけ。

颯太は笑う。

「お前に心配される日が来るとはな」

「うるせぇ」

そのやり取りは昔のままだ。

それが逆に、胸を刺す。

颯太は諒を見る。

数秒、何も言わない。

そして。

「奈々のこと、頼む」

声がわずかに掠れる。

諒はまっすぐ返す。

「分かってる」

その迷いのなさが、奈々には少し残酷だった。

⸻

搭乗案内が流れる。

時間だ。

颯太がスーツケースを握り直す。

「じゃあな」

奈々は言葉が出ない。

代わりに一歩踏み出し、颯太に抱きついた。

胸に顔を押しつける。

その匂い。

その体温。

もう日常じゃなくなる。

涙が溢れる。

「奈々?」

「……幸せになってね」

それしか言えない。

颯太の腕が強くなる。

一瞬だけ。

本当に一瞬だけ。

手放したくない力だった。

「奈々も」

声が震える。

「ちゃんと笑ってろよ」

その言葉に、奈々は崩れそうになる。

⸻

体が離れる。

颯太は奈々の頭を軽く撫でる。

そして諒の肩を叩く。

「数年後な。笑って会おうぜ」

「……ああ」

諒の声も低い。

⸻

颯太がゲートへ向かう。

歩く。

一度、振り返る。

笑う。

手を振る。

奈々も振る。

見えなくなる。

完全に。

その瞬間。

世界の音が戻った。

奈々の膝が崩れる。

「奈々」

諒が支える。

奈々はその胸に顔を埋め、声を上げて泣いた。

止まらない。

恋が終わったからじゃない。

三人で過ごした“当たり前”が終わった。

それが痛い。

諒は何も言わない。

ただ、背中を撫で続ける。

その手は温かい。

でも。

温かさと同時に、失ったものの大きさも分かる。

⸻

涙が少し落ち着いた頃。

奈々は呟く。

「また三人で会えるよね」

諒は少しだけ間を置く。

そして頷く。

「あいつなら、戻ってくる」

断言ではない。

でも信じる声だった。

奈々も頷く。

空港の天井は、やけに高い。

別れは終わった。

でも、完全に切れたわけじゃない。

諒が奈々の手を握る。

奈々も握り返す。

その温もりは確かだった。

それでも。

胸のどこかに、ぽっかり空いた場所がある。

それはきっと、消えない。

いってらっしゃいの、その先へ。

三人の物語は、形を変えて続いていく。