夜の街を、颯太の車が静かに走っていた。
デートの帰り道。助手席の奈々は窓の外をぼんやり眺めている。
楽しかったはずなのに、胸の奥に小さな引っかかりが残っている。
颯太も、いつもより口数が少ない。
信号待ちで車が止まった。
ダッシュボードの明かりに照らされた颯太の横顔は、どこか覚悟を決めた人の顔に見える。
「奈々」
低い声だった。
奈々は顔を向ける。
「どうしたの?」
少しの沈黙。
ワイパーが一度だけ動き、フロントガラスの湿り気を払う。
「……海外赴任、正式に決まった……ロサンゼルス」
その一言で、時間が止まったような感覚になった。
「え……」
言葉が続かない。
颯太は前を向いたまま、小さく笑う。
「前から話してたやつ。正式に決まった。来月には向こう行く」
嬉しいはずの報告なのに、その声にはどこか寂しさが混じっている。
奈々は膝の上で手を握った。
「そっか……すごいね」
やっと出た言葉は、それだけだった。
信号が青に変わる。
車はまたゆっくり走り出す。
そして、颯太は続けた。
「奈々に、一緒に来てほしい」
ハンドルを握る指先が、わずかに力んでいる。
「俺を選ぶなら、一緒にロサンゼルスに来てほしい」
まっすぐな言葉だった。
でも押し付けではない。逃げ道を残した優しさが、かえって胸に刺さる。
奈々の脳裏に、あの夜の恐怖がよぎる。
追われた感覚。張り詰めた空気。
そして――諒に抱き寄せられた時の安心感。
胸が強く締め付けられた。
沈黙が続く。
やがて颯太が、静かに言った。
「もし選べないなら……無理に来なくていい」
奈々の視線が揺れる。
「でも、その時は」
一度だけ言葉を飲み込んでから、続けた。
「ここで区切りにしよう」
ブレーキを踏み、車が奈々のマンション前で止まる。
エンジン音だけが残った。
「中途半端なまま遠距離とか、俺たち無理だと思うんだ」
その声は穏やかだけど、決意がにじんでいた。
奈々の目が熱くなる。
優しい人だ。
ずっと隣にいてくれた人だ。
それなのに――
心の奥で、別の人の名前が浮かぶ。
「……颯太」
呼んだだけで、続きが出てこない。
颯太は奈々を見て、少しだけ笑った。
「すぐ答え出さなくていい。ちゃんと考えて」
そしてドアロックを解除する音。
「でも俺は、もう逃げない。奈々にも逃げてほしくない」
奈々はドアに手をかけたまま動けなかった。
選ばなきゃいけない。
分かっているのに、心だけが追いつかない。
外に出ると、夜風が思ったより冷たかった。
振り返ると、車の中の颯太と目が合う。
何か言いたいはずなのに、言葉にならない。
軽く手を振ると、車は静かに走り去った。
残された奈々の胸に浮かんだのは――
未来の不安よりも、なぜか諒の顔だった。
それに気づいた瞬間、奈々はそっと目を閉じた。
デートの帰り道。助手席の奈々は窓の外をぼんやり眺めている。
楽しかったはずなのに、胸の奥に小さな引っかかりが残っている。
颯太も、いつもより口数が少ない。
信号待ちで車が止まった。
ダッシュボードの明かりに照らされた颯太の横顔は、どこか覚悟を決めた人の顔に見える。
「奈々」
低い声だった。
奈々は顔を向ける。
「どうしたの?」
少しの沈黙。
ワイパーが一度だけ動き、フロントガラスの湿り気を払う。
「……海外赴任、正式に決まった……ロサンゼルス」
その一言で、時間が止まったような感覚になった。
「え……」
言葉が続かない。
颯太は前を向いたまま、小さく笑う。
「前から話してたやつ。正式に決まった。来月には向こう行く」
嬉しいはずの報告なのに、その声にはどこか寂しさが混じっている。
奈々は膝の上で手を握った。
「そっか……すごいね」
やっと出た言葉は、それだけだった。
信号が青に変わる。
車はまたゆっくり走り出す。
そして、颯太は続けた。
「奈々に、一緒に来てほしい」
ハンドルを握る指先が、わずかに力んでいる。
「俺を選ぶなら、一緒にロサンゼルスに来てほしい」
まっすぐな言葉だった。
でも押し付けではない。逃げ道を残した優しさが、かえって胸に刺さる。
奈々の脳裏に、あの夜の恐怖がよぎる。
追われた感覚。張り詰めた空気。
そして――諒に抱き寄せられた時の安心感。
胸が強く締め付けられた。
沈黙が続く。
やがて颯太が、静かに言った。
「もし選べないなら……無理に来なくていい」
奈々の視線が揺れる。
「でも、その時は」
一度だけ言葉を飲み込んでから、続けた。
「ここで区切りにしよう」
ブレーキを踏み、車が奈々のマンション前で止まる。
エンジン音だけが残った。
「中途半端なまま遠距離とか、俺たち無理だと思うんだ」
その声は穏やかだけど、決意がにじんでいた。
奈々の目が熱くなる。
優しい人だ。
ずっと隣にいてくれた人だ。
それなのに――
心の奥で、別の人の名前が浮かぶ。
「……颯太」
呼んだだけで、続きが出てこない。
颯太は奈々を見て、少しだけ笑った。
「すぐ答え出さなくていい。ちゃんと考えて」
そしてドアロックを解除する音。
「でも俺は、もう逃げない。奈々にも逃げてほしくない」
奈々はドアに手をかけたまま動けなかった。
選ばなきゃいけない。
分かっているのに、心だけが追いつかない。
外に出ると、夜風が思ったより冷たかった。
振り返ると、車の中の颯太と目が合う。
何か言いたいはずなのに、言葉にならない。
軽く手を振ると、車は静かに走り去った。
残された奈々の胸に浮かんだのは――
未来の不安よりも、なぜか諒の顔だった。
それに気づいた瞬間、奈々はそっと目を閉じた。

