雑貨や服が並ぶ二階フロアを、鷹宮先輩と並んで歩く。
日用品や必要なものを買い足していくうち、いつの間にか歩幅まで揃っていた。
あたしが立ち止まれば、先輩も止まる。
それが、妙に心地いい。
ふと、ディスプレイに掛かった服に目が留まった。
深いボルドーのボトルネックニットに、レースを重ねたドッキングワンピース。
凛とした冬に似合いそうな、大人っぽい一着。
「……これ」
「葵」
呼ばれて顔を上げると、鷹宮先輩がその服を指していた。
「着たらええやん」
「え?」
あたしより迷いのない顔。
「色も形も、葵向きや」
「ちょっと大人っぽくないですか?」
「こういうの、似合うで」
即答だった。
そこへ店員さんが近づいてくる。
「よければ試着してみます?」
一瞬だけ考えた鷹宮先輩が頷いた。
「見たい」
あまりに迷いのない声で言われて、返事より先に頬が熱くなる。
(ずるい……そんな言い方)
試着室のカーテンを開けると、先輩が壁にもたれて待っていた。
「……派手すぎません?これじゃ、どこか高級なレストラン行くみたいで」
気恥ずかしくて裾を弄るあたしに、鷹宮先輩が近づいた。
視線が足元からゆっくり上がり、最後に顔で止まる。
「……ほらな」
不意に、鷹宮先輩が試着室のカーテンの内側へ半歩踏み込んできた。
「そこ、ちょっと曲がってる」
彼の指先が、あたしの襟元を整えるようにゆっくりと触れた。
「……似合いすぎやろ」
狭い空間に、二人の距離がゼロになる。
「これは着るやろ……絶対」
有無を言わせない声に、何も言えなくなる。
「決定事項。買うてくる」
そのあとも鷹宮先輩は、普段着を何着か選んでくれた。
気づけば紙袋が増えていて、あたしは甘やかされるまま隣を歩いていた。
***
次に連れていかれたのは、メガネショップ。
「最近、仕事用が合わんくなってきて」
鷹宮先輩は何本かフレームを試している。
「なぁ葵、どう?」
二本のメガネをかけ替えて、真正面から見られる。
(……近い)
「どっちがええ?」
「……こっち、ですかね」
あたしは、ネイビーの細い丸フレームを指す。
「理由は?」
「柔らかい……です。さっきのは少し強そうで」
先輩が小さく笑った。
「よぉ見てんな」
そのまま、あたしが選んだ方をかける。
「ほな、これにする」
「え、もう決めるんですか?」
「葵がええ言うたやろ」
それだけ言って、レジへ向かった。
(……あたしの意見)
嬉しい気持ちがまた一つ積み重なる。
メガネを受け取ったあと、日用品フロアへ。
シーツ売り場で足を止める。
「ここ見ていいですか?」
「ええで」
棚を見ていると、鷹宮先輩が眉を上げた。
「シーツ?」
「はい。いつまでも借りるのも申し訳ないので」
そう言って、サンプル生地を触ってみる。
「これ、肌触りいいですね」
鷹宮先輩も同じように確かめている。
「……悪ないな」
「じゃあ、これに――」
言い終わる前に、即答する声。
「いらん」
「でも……」
「俺の使ったらええやろ」
理解が追い付かないのに、しっかり念押しされる。
「俺の、使え」
(え……?)
「……何想像してんねん。替えのシーツのことやで?葵チャン」
今日一番の意地悪な笑顔の鷹宮先輩。
「今さらやろ」
同居。
名前呼び。
手つなぎ。
そして――シーツ。
彼女でもないのに、
どうしてこんなふうに、生活の中まで入り込んでくるんだろう。
「葵?」
名前を呼ばれて、はっと顔を上げる。
「変に気ぃ遣わんでええ。家では楽にしとけ」
……それが一番、楽じゃない。
(彼氏ムーブ強すぎません?)
それでも――
この人の隣にいる時間を、
もう「特別」だと思い始めてる自分に、薄々気づいていた。
***
休憩しようとカフェへ向かう途中。
バラエティショップのリップ売り場で足が止まった。
「これ、かわいい……」
「どれ」
鷹宮先輩がすぐ隣に立つ。
あたしは、気になった色のテスターを唇に乗せる。
その瞬間。
「これやな」
鷹宮先輩が、違う色を手に取る。
「え?」
次の瞬間、彼の指先があたしの下唇にそっと触れた。
さっき付けた色を、ゆっくり拭っていく。
「動かんとき」
選んだ色をのせた指先が、唇に触れる。
「葵は、こっちやな」
距離が近すぎて、息を忘れるほど。
触れられた場所が、じんわり熱を帯びていく。
「ほら。鏡」
鷹宮先輩が指を離して、一歩下がる。
赤でもピンクでもない。
さっきより、ずっと自然な色。
艶やかで潤いのあるキレイなコーラルレッド。
「似合ってます?」
「せやから言うたやろ」
あたしよりも自信ありげに、目を細めた。
「買うてくる」
「え、でも……」
「素直に甘やかされとき」
そう言って、鷹宮先輩がレジへ行く。
待っていると、突然、声をかけられた。
「お姉さ〜ん、ちょっといいですか?」
知らない男たちが距離を詰めてくる。
困って後ずさった、その時。
「……俺の連れに、気安く触れんな」
背後から、絶対零度の地を這う声。
振り返る間もなく、強い力で肩を引き寄せられる。
鼻先をかすめる、よく知っているシトラスの香りと、隠しきれない苛立ち。
紙袋を下げた鷹宮先輩が、侮蔑すら滲ませない。ただ冷えきった視線に、男たちは慌てて去っていく。
「……せんぱい」
恐る恐る顔をのぞき込むと、鷹宮先輩は深くため息をついて、あたしの唇をじっと見つめた。
「……やっぱりな」
肩を抱き寄せられ、背中が胸板に当たる。
彼から発せられる熱が、冷たい空気を一瞬で塗り替えていった。
「この色、似合いすぎや。余計な虫まで寄ってくる」
(……それ、本気で言ってる?)
呆れるより先に、顔が熱くなる。
何も言わず、彼の手が、ただ指の隙間を埋めるようにさらに深く絡めて包む。
「何もなくてよかった。ほんま……放っとかれへんな葵は」
独占欲を隠そうともしない、熱を帯びた声。
逃がさないと言わんばかりの力。
(それ、彼女に言うセリフでは?)
「それ、付けたらまた見せてな」
「……はい」
きっとこの人にとっては深い意味なんてない。
似合うと思った色を選んで、買っただけ。
――それだけなのに。
(これ……彼女と、何が違うの)
(あたしじゃなくて、“他の誰か”でもいいの?)
自分の中で、ずっと「他人の彼女」に向けていた羨望が、ゆっくりと形を変え始める。
羨ましいんじゃない。
鷹宮先輩に、そうしてほしい。
(――ああ、そうか)
(たとえそれが、逃げ道のない甘さだとしても)
他人の彼女じゃ、いやだ。
誰かに選ばれる恋なんて、いらない。
あたしは――
アナタの隣にいられる“名前”が、ほしい。
鷹宮先輩の手をぎゅっと握りしめた指先が、
少しだけ震えた。
日用品や必要なものを買い足していくうち、いつの間にか歩幅まで揃っていた。
あたしが立ち止まれば、先輩も止まる。
それが、妙に心地いい。
ふと、ディスプレイに掛かった服に目が留まった。
深いボルドーのボトルネックニットに、レースを重ねたドッキングワンピース。
凛とした冬に似合いそうな、大人っぽい一着。
「……これ」
「葵」
呼ばれて顔を上げると、鷹宮先輩がその服を指していた。
「着たらええやん」
「え?」
あたしより迷いのない顔。
「色も形も、葵向きや」
「ちょっと大人っぽくないですか?」
「こういうの、似合うで」
即答だった。
そこへ店員さんが近づいてくる。
「よければ試着してみます?」
一瞬だけ考えた鷹宮先輩が頷いた。
「見たい」
あまりに迷いのない声で言われて、返事より先に頬が熱くなる。
(ずるい……そんな言い方)
試着室のカーテンを開けると、先輩が壁にもたれて待っていた。
「……派手すぎません?これじゃ、どこか高級なレストラン行くみたいで」
気恥ずかしくて裾を弄るあたしに、鷹宮先輩が近づいた。
視線が足元からゆっくり上がり、最後に顔で止まる。
「……ほらな」
不意に、鷹宮先輩が試着室のカーテンの内側へ半歩踏み込んできた。
「そこ、ちょっと曲がってる」
彼の指先が、あたしの襟元を整えるようにゆっくりと触れた。
「……似合いすぎやろ」
狭い空間に、二人の距離がゼロになる。
「これは着るやろ……絶対」
有無を言わせない声に、何も言えなくなる。
「決定事項。買うてくる」
そのあとも鷹宮先輩は、普段着を何着か選んでくれた。
気づけば紙袋が増えていて、あたしは甘やかされるまま隣を歩いていた。
***
次に連れていかれたのは、メガネショップ。
「最近、仕事用が合わんくなってきて」
鷹宮先輩は何本かフレームを試している。
「なぁ葵、どう?」
二本のメガネをかけ替えて、真正面から見られる。
(……近い)
「どっちがええ?」
「……こっち、ですかね」
あたしは、ネイビーの細い丸フレームを指す。
「理由は?」
「柔らかい……です。さっきのは少し強そうで」
先輩が小さく笑った。
「よぉ見てんな」
そのまま、あたしが選んだ方をかける。
「ほな、これにする」
「え、もう決めるんですか?」
「葵がええ言うたやろ」
それだけ言って、レジへ向かった。
(……あたしの意見)
嬉しい気持ちがまた一つ積み重なる。
メガネを受け取ったあと、日用品フロアへ。
シーツ売り場で足を止める。
「ここ見ていいですか?」
「ええで」
棚を見ていると、鷹宮先輩が眉を上げた。
「シーツ?」
「はい。いつまでも借りるのも申し訳ないので」
そう言って、サンプル生地を触ってみる。
「これ、肌触りいいですね」
鷹宮先輩も同じように確かめている。
「……悪ないな」
「じゃあ、これに――」
言い終わる前に、即答する声。
「いらん」
「でも……」
「俺の使ったらええやろ」
理解が追い付かないのに、しっかり念押しされる。
「俺の、使え」
(え……?)
「……何想像してんねん。替えのシーツのことやで?葵チャン」
今日一番の意地悪な笑顔の鷹宮先輩。
「今さらやろ」
同居。
名前呼び。
手つなぎ。
そして――シーツ。
彼女でもないのに、
どうしてこんなふうに、生活の中まで入り込んでくるんだろう。
「葵?」
名前を呼ばれて、はっと顔を上げる。
「変に気ぃ遣わんでええ。家では楽にしとけ」
……それが一番、楽じゃない。
(彼氏ムーブ強すぎません?)
それでも――
この人の隣にいる時間を、
もう「特別」だと思い始めてる自分に、薄々気づいていた。
***
休憩しようとカフェへ向かう途中。
バラエティショップのリップ売り場で足が止まった。
「これ、かわいい……」
「どれ」
鷹宮先輩がすぐ隣に立つ。
あたしは、気になった色のテスターを唇に乗せる。
その瞬間。
「これやな」
鷹宮先輩が、違う色を手に取る。
「え?」
次の瞬間、彼の指先があたしの下唇にそっと触れた。
さっき付けた色を、ゆっくり拭っていく。
「動かんとき」
選んだ色をのせた指先が、唇に触れる。
「葵は、こっちやな」
距離が近すぎて、息を忘れるほど。
触れられた場所が、じんわり熱を帯びていく。
「ほら。鏡」
鷹宮先輩が指を離して、一歩下がる。
赤でもピンクでもない。
さっきより、ずっと自然な色。
艶やかで潤いのあるキレイなコーラルレッド。
「似合ってます?」
「せやから言うたやろ」
あたしよりも自信ありげに、目を細めた。
「買うてくる」
「え、でも……」
「素直に甘やかされとき」
そう言って、鷹宮先輩がレジへ行く。
待っていると、突然、声をかけられた。
「お姉さ〜ん、ちょっといいですか?」
知らない男たちが距離を詰めてくる。
困って後ずさった、その時。
「……俺の連れに、気安く触れんな」
背後から、絶対零度の地を這う声。
振り返る間もなく、強い力で肩を引き寄せられる。
鼻先をかすめる、よく知っているシトラスの香りと、隠しきれない苛立ち。
紙袋を下げた鷹宮先輩が、侮蔑すら滲ませない。ただ冷えきった視線に、男たちは慌てて去っていく。
「……せんぱい」
恐る恐る顔をのぞき込むと、鷹宮先輩は深くため息をついて、あたしの唇をじっと見つめた。
「……やっぱりな」
肩を抱き寄せられ、背中が胸板に当たる。
彼から発せられる熱が、冷たい空気を一瞬で塗り替えていった。
「この色、似合いすぎや。余計な虫まで寄ってくる」
(……それ、本気で言ってる?)
呆れるより先に、顔が熱くなる。
何も言わず、彼の手が、ただ指の隙間を埋めるようにさらに深く絡めて包む。
「何もなくてよかった。ほんま……放っとかれへんな葵は」
独占欲を隠そうともしない、熱を帯びた声。
逃がさないと言わんばかりの力。
(それ、彼女に言うセリフでは?)
「それ、付けたらまた見せてな」
「……はい」
きっとこの人にとっては深い意味なんてない。
似合うと思った色を選んで、買っただけ。
――それだけなのに。
(これ……彼女と、何が違うの)
(あたしじゃなくて、“他の誰か”でもいいの?)
自分の中で、ずっと「他人の彼女」に向けていた羨望が、ゆっくりと形を変え始める。
羨ましいんじゃない。
鷹宮先輩に、そうしてほしい。
(――ああ、そうか)
(たとえそれが、逃げ道のない甘さだとしても)
他人の彼女じゃ、いやだ。
誰かに選ばれる恋なんて、いらない。
あたしは――
アナタの隣にいられる“名前”が、ほしい。
鷹宮先輩の手をぎゅっと握りしめた指先が、
少しだけ震えた。



