「この皇月先輩めちゃカッコイイ!」
「まさにクールな王子様って感じだよね~」
あの撮影の日から1カ月近くが過ぎ、10月も半ばを過ぎた頃。
【Sweet Girls】の最新号が発売され、いつものように教室で如月さん達がはしゃいでいた。
今彼女達が騒いでいるのは、わたしも“音夢”として写っているハロウィン特集のページだ。
「この“音夢”って子、最近よくスウィガに出てるよね」
突然聞こえてきた“音夢”の名前に、思わず反応してしまう。
「読モだけどいつも皇月先輩や凛ちゃんと一緒に出てるよね。いいなぁ~」
羨ましそうにつぶやく如月さんの言葉に、何ともいえない複雑な気持ちになる。
もしもわたしが“音夢”だって知ったら、みんなどんな反応するんだろう?
☆ ☆ ☆
中間テストが終わって11月に入ると、季節は本格的な秋。
夢ヶ咲学園には、文化祭がない。
そのかわり、生徒会主催の“カワイイ・プロジェクト”と、クリスマス・イブに学園主催のクリスマス・パーティーがあるらしい。
カワイイ・プロジェクトに出場する生徒は、当日配られる候補者一覧で発表されるけれど、生徒会指名のシンデレラ候補だけはサプライズとして登場する瞬間まで秘密にされているんだとか。
つまりわたしは、ステージに上がる瞬間までシンデレラ候補であることをみんなに知られてはいけないんだ。
「今年のサプライズ出場者って誰なんだろうね?」
「すごい気になる~」
時々そんな会話が聞こえてくる度にドキドキしながら、ついにプロジェクト当日を迎えた。
会場となるのは夢咲学園の敷地内にあるイベントホール。
数年前に建てられたばかりの、入学式や卒業式などが行われる立派なホールだ。
クラスごとに席に着いて開始を待ちながら、配られたプログラムを真剣な表情で見ている。
そして開始時間になると会場の照明が消え、音楽が流れ始めた。
「夢咲学園の生徒の皆さん、カワイイ・プロジェクトへようこそ!」
聞き覚えのある声だなと思ったら、ステージに現れたのは生徒会副会長の天野先輩だった。
ステージの中央でマイクを手にスポットライトを浴びている。
とたんに会場から女子達の歓声が聞こえてきた。
天野先輩って、やっぱり人気なんだな。
周りの興奮ぶりを見て、冷静にそんなことを思いながらステージを見る。
「今日は学園のシンデレラをみんなに探してもらいたいと思います。盛り上がって行きましょう!!」
そう言って天野先輩がステージを会場の方に向けると、
「イェ~!」という大きな歓声が返ってきた。
まるでコンサートみたいな盛り上がり方に圧倒される。
こんな中であのステージに立つなんて…本当にわたし、大丈夫なのかな…?
そう思ったら、急に緊張してきた。
「それでは早速始めましょう! 最初のシンデレラ候補は、2年A組、石井 美里さん」
天野先輩が名前を呼ぶと、ステージ中央のスクリーンに顔写真が映された。
ごく普通の顔立ちの女の子で、特別“可愛い”とか“美人”というわけではない。
「さぁ、どんなシンデレラに変身したのでしょうか!? 登場して頂きましょう!」
その言葉を合図に、中央のスクリーンがゆっくりと天井へ上がっていく。
綺麗なヒールを履いた足元が見えて、スクリーンが上がるにつれて、少しずつ石井さんの姿が見えてくる。
そして現れたのは、綺麗にメイクをして、お嬢様スタイルをした女の子。
最初にスクリーンに映し出された女の子とはまるで別人のよう。
会場からも、「おお~!」というどよめきが起きている。
「2年A組 石井 美里です。憧れのお嬢様服が着てみたくて参加しました。よろしくお願いします!」
緊張しながら石井さんが自己紹介をすると、会場から拍手が起きた。
その後も、最初に制服姿の素顔の写真がスクリーンに映されたあと、ドレスアップした女の子達がステージに登場するという演出でプロジェクトは進行して行った。
そしていよいよ最後のひとりとなった時、わたしは暗転になったタイミングでこっそり会場を出て、控室へと向かった。
事前に天野先輩から、“最後のひとりの順番が来たら、控室へ来るように。準備は全部こっちに任せて”と言われていたから。
メイクも衣装も、何も自分では用意していないけど、本当に大丈夫なのかな?
不安を抱えながら、控室のドアをノックする。
「はい」
聞こえてきた返事が、なんとなく聞き覚えがある声のような気がするのは気のせい?
「失礼します」
ドアを開けた瞬間、わたしは自分の目を疑った。
だって、控室にいたのは
「…美雲さん…?」
美雲さんと、いつもわたしのヘアメイクを担当しくれていた片桐さんだったから。
どうしてふたりがここにいるの…?
「サプライズ成功ね」
わたしの驚きぶりを見て、美雲さんが笑顔で言った。
一体何がどうなっているの?
「わたし達、夢ヶ咲学園の卒業生なのよ」
「……え……?」
この学校の卒業生…?
「毎年、シンデレラ・プロジェクトでシンデレラ候補にメイクをしてるの」
片桐さんがそう言うと、
「わたしは衣装の担当ね」
美雲さんが続けて言った。
「…なんてのんびり説明してる場合じゃないわね。急いで準備しなくちゃ」
「そうね。さぁ、こっちに座って」
美雲さんに促されて、控室の奥にある鏡の前に座る。
そして片桐さんに手際良くメイクをしてもらったあと、美雲さんが用意してくれていた衣装に着替えた。
「よし、完璧! さぁ、いよいよ本番よ。頑張ってね」
ふたりに見送られて控室を出て舞台袖へと向かうと、
「皆さんお待たせしました! いよいよサプライズ候補の登場です」
天野先輩の言葉が聞こえて、拍手と歓声が響いた。
ついに本番なんだ…。
どうしよう。緊張し過ぎて手足が震えてきた。
やっぱりわたし…
「―また“わたしなんか”って思ってる?」
後ろから突然そんな言葉が聞こえて、振り返る。
「…皇月先輩…」
「月島なら大丈夫だよ。胸張ってステージ立ってあいつら見返して来い!」
「……っ」
先輩に背中を押されて、嬉しくて思わず泣きそうになる。
そうだよ。今まで“音夢”として頑張ってきたわたしなら、大丈夫。
皇月先輩も天野先輩も、美雲さんも、片桐さんもいる。
わたしはひとりじゃない。
目を閉じて深呼吸して、ステージへ一歩ずつ踏み出す。
一瞬、天野先輩と目が合うと、“頑張れ”と言う様に笑顔で頷いてくれた。
「まずはこちらからご覧ください!」
天野先輩がそう言ってスクリーンに映しだされたのは、
【Sweet Girls】の“音夢”の画像。
とたんに大きな歓声が響く。
「うそ!? 音夢がサプライズ候補なの!?」
「音夢ってうちの学校の子だったの!?」
女の子達が騒ぎ始めてる。
ちょっと待って。もしかして、ここで音夢がわたしだってカミングアウトするってこと…!?
「そう、サプライズ候補はなんと【Sweet Girls】で読者モデルとして人気急上昇中の音夢ちゃんで~す!」
天野先輩と言葉と共にスクリーンが上がっていく。
今のわたしはドレスアップしている“音夢”。
きっと名前を言わなければわたしが月島 美夢だなんて誰も気がつかない。
「ホントに音夢ちゃんだ!!」
「実物超かわいい!!」
ステージに現れた本物の“音夢”の姿に、みんな大興奮。
「本物のシンデレラみたい!!」
最前列の席に座っている女の子が目を輝かせて言ってくれた言葉に、嬉しくなる。
美雲さんが用意してくれていたのは、シンデレラをイメージしたドレス。
淡いミントグリーンを基調にしたフリルたっぷりのとても素敵なドレス。
まるで自分が絵本の中から抜け出したみたいな、不思議な気持ちになる。
「実は音夢ちゃん、夢ヶ咲学園の1年生なんですよね」
天野先輩に話を振られて、一瞬戸惑う。
きっとこの流れで本名を公表しなくちゃいけないんだよね。
もう“音夢”としてのわたしは今日で終わりということなんだ。
そうだよね。もとはこのプロジェクトのためのモデル活動だったんだもん。
このプロジェクトが終わったら、わたしはもう音夢になる必要なんてないんだ。
そう、まるでシンデレラと同じ。
時間が来たら、わたしは地味子の美夢に戻らなくちゃいけない。
ホントはもう少し“音夢”でいたかった。
もう少し夢を見ていたかった。
でも、もうこれで終わりなんだ―
覚悟を決めて顔を上げた時。
ステージ袖にいる皇月先輩と美雲さんと片桐さんの姿が見えた。
みんな、“頑張れ”というように笑顔でわたしを見てくれている。
そして天野先輩がわたしにだけ聞こえるくらいの小さな声で“大丈夫だよ”とつぶやいた。
そして、“いい?”と瞳で尋ねられた気がして、無言で頷く。
大丈夫。魔法は解けてしまうけれど、わたしにはこうして見守ってくれる人達がいる。
「それでは音夢ちゃん、クラスと名前をお願いします」
天野先輩の言葉に、わたしは一度深呼吸をしてからマイク越しに答えた。
「――1年A組、月島 美夢です」



