あの夏祭りの日から、ずっと皇月先輩の言葉と笑顔が頭から離れなくて。
雑誌の中の先輩を見てはドキドキして、早く会いたいと思いながら毎日を過ごしていた。
今までは遠い存在だった皇月先輩と、“音夢”として一緒にお仕事をするようになって。
学校では絶対話すことなんてできない地味なわたしに話しかけてくれて。
いつの間にか、芽生えてしまった“好き”という気持ち。
一度気がついたら、どんどん大きくなっていく。
皇月先輩に会いたくて、いつもなら終わらないで欲しいと願う夏休みが早く終わってほしいと思ってしまうくらい。
そんな、夏休みもあと数日に迫った8月の終わり。
冷房の効いた自分の部屋で、ベッドに寝転がりながら【Sweet Girls】を読んでいると、手元に置いてあったスマホの画面が着信を告げた。
わたしに着信なんて滅多にないのに、一体誰から?
画面に表示された名前を確認すると、美雲さんだった。
お茶会の時に連絡先を教えていたけど、今まで電話なんて来たことなかったのに。
「……はい、月島です」
「あ、美夢ちゃん? 美雲です。今、ちょっと話しても大丈夫かな?」
「…はい、大丈夫です」
「実はね、10月号のSweet Girlsの読者コーナー、音夢ちゃんに出てもらいたくて。来月撮影に参加してもらいたいんだけど…⋯」
「え、いいんですか!?」
「Sweet Girlsの読者さんからも音夢ちゃんのコーナーをもっと見たいって意見がいっぱいきてるのよ。だから、編集長もぜひ出てほしいって」
「うそ…」
「うそじゃないわ。もうすでに音夢ちゃん宛にファンレターも来てるくらいなのよ」
ファンレター!? わたしに!?
「…⋯なんか信じられないです」
学校では地味子って言われてバカにされてばかりのわたしにファンレターなんて…。
「撮影の時に見せてあげるわ。撮影日は9月21日で、七星くんも凛ちゃんも一緒だから」
「わかりました。よろしくお願いします!」
また皇月先輩と一緒に撮影ができるんだ。
そう思うと、嬉しくて思わず笑顔になる。
「なんか、美夢ちゃん変わったわね」
「……え?」
「初めて七星くんに撮影に連れてこられた時は、カチカチに固まっててホントに自信なさそうにしてたのにね」
美雲さんが優しい口調でそう言って、ふふっと笑った。
確かに、最初は何が何だかわからないくらい、緊張していて。
憧れの皇月先輩が目の前にいるっていうだけでパニックだった。
でも、今は…。撮影の日が楽しみだって思えるようになった。
それは、皇月先輩や凛ちゃんはもちろん、美雲さんや【Sweet Girls】のスタッフの方達が、優しく見守ってくれたからだ。
「変われたのは、皆さんのおかげです」
「特に、七星くんのおかげ、かな?」
「…えっ!?」
美雲さんの言葉に驚いて思わず大きな声を出すと、
「美夢ちゃんって、ホント素直ね」
美雲さんが笑いながらそう言って、恥ずかしさで顔が熱くなっていく。
「七星くんから美夢ちゃんに伝言」
「伝言?」
「ええ。“これがラストミッションだから、気合い入れて来い”って」
ラストミッションって、つまりカワイイ・プロジェクトに参加する前の最後のミッションってこと?
そっか。それならなおさら頑張らなくちゃ!
「ありがとうございます」
「それじゃ、また来月にね」
通話を終えると、改めて嬉しさがこみ上げてきた。
先輩がくれたラストミッション、絶対成功させなくちゃ!
☆ ☆ ☆
夏休みが明けて新学期が始まった。
わたしは相変わらずクラスに馴染めないまま、放課後に日直の仕事や掃除当番を押し付けられる毎日。
如月さんは休みの間に家族で行ったフランス旅行の話を自慢気に話していて、取り巻きの子達がわざとらしいくらいに如月さんを誉めていた。
皇月先輩は時々見かける程度で、学校では一切話をしていない。
だけど、撮影の日になれば、先輩に会えるし、話もできる。
また“音夢”になれる。
そう思うと、今まで憂鬱だった学校も頑張ろうって思えた。
そして、待ちに待った撮影日当日。
わたしは、事前に伝えられていた都内にある撮影スタジオに向かった。
日曜だから街中はたくさんのカップルや家族連れで賑わっていて、“オシャレで高級”というイメージ通り、すれ違う人達はみんな雑誌の中から抜け出してきたみたいにオシャレで。
アウェイな空気を感じながらスタジオまでの道のりを歩いた。
「おはようございます」
スタジオに着いて、緊張しながらも既に準備を始めているスタッフの皆さんに挨拶をした。
「あ、音夢ちゃん。今日もよろしくね!」
初めて読者コーナーの撮影してもらった時から同じメンバーだから、もうすっかり顔を覚えてもらっているみたい。
笑顔で声をかけてもらえて、緊張が少し和らいだ。
「音夢ちゃん、おはよう! ちゃんと迷わないで来られたのね」
後ろから声をかけられて振り向くと、美雲さんが立っていた。
「美雲さん、おはようございます。今日はよろしくお願いします」
そう言って頭を下げると、
「音夢ちゃん、もう本当にプロのモデルさんみたいね」
美雲さんが優しくそう言いながら、わたしに手紙の束を差し出した。
「この前話してたファンレターよ。メイクの順番が来るまで、良かったら読んでみて」
「え、こんなに!?」
受け取った手紙は、思っていたよりたくさんあってビックリした。
「音夢ちゃんが思っている以上に、読者の子達は音夢ちゃんのことを応援してくれているのよ。だから、自信を持って今日の撮影も頑張ってね」
美雲さんの言葉に、胸の奥がじんわり温かくなっていく。
「ありがとうございます」
わたしはお礼を言って、スタジオの隅にある椅子に座って早速手紙を読み始めた。
【音夢ちゃん、初めまして。わたしは今中学2年生です。お姉ちゃんの影響でスウィガを読み始めました。 初めて音夢ちゃんのコーナーを見た時から音夢ちゃんのファンになりました。 音夢ちゃんを生で見てみたくて、お姉ちゃんと一緒にお茶会に参加しました。 本物の音夢ちゃんもとても可愛くて感動しました。これからもずっと応援しています。】
【わたしは今高校2年生です。凛ちゃんと音夢ちゃんに憧れて毎日メイクの練習をしたりバイト代でふたりが着ている服を買ったりしています。わたしもいつかスウィガのモデルになりたいです】
その後も次々に書かれている「応援してます」や「憧れです」の言葉たち。
嬉しくて、何度も読み返したくなる。
本当に、こんなにわたしのことを応援してくれている人達がいるんだ。
学校ではバカにされてるわたしだけど。
目立たない地味子のわたしだけど。
“音夢”のわたしは、憧れの存在になれているんだ。
感動で胸がいっぱいになって、思わず泣きそうになっていると、
「―音夢ちゃんメイクお願いします」
ヘアメイクさんに声をかけられて、わたしはメイクルームへと向かった。
中へ入ろうとした時、ちょうどメイクを終えたらしい皇月先輩とすれ違った。
「あ、皇月先輩、今日もよろしくお願いします」
わたしがそう声をかけると、
「ああ。頑張れよ、音夢」
皇月先輩が笑顔を見せてくれて。
久しぶりに見た本物の先輩の笑顔に、ドキドキと心臓の音が大きくなっていく。
「今日はハロウィン特集だから、ゴスロリメイクにするね」
メイクルームに入ると、ヘアメイクさんがそう言って早速メイクを始めた。
鏡に映るわたしは、言葉通りいつもの甘ロリ女子じゃなくてちょっとダークな小悪魔女子へと変身していく。
「衣装はこれね」
メイクを終えると、スタイリストさんから今日の衣装が渡された。
黒で統一されたフリルたっぷりのブラウス、ビスチェ、ロングスカート。
今まで着たことのないゴスロリスタイルだ。
こんな風に撮影がなかったら、絶対に“わたしなんか似合わない”と思って着ないような服。
着替えを終えてスタジオに戻るとすでに皇月先輩と凛ちゃんがいて、ふたりで楽しそうに談笑していた。
顔を寄せ合って、かなり親密な雰囲気。
今まで気にしたことなかったけど…もしかしてふたりって、つきあってたりするのかな…?
「それでは、撮影入ります」
その言葉に、慌ててふたりのもとへ駆け寄る。
「あ、音夢ちゃん。よろしくね」
凛ちゃんが声をかけてくれた。
「よろしくお願いします」
そう返して、改めて凛ちゃんを見る。
わたしと同じように黒で統一された衣装。
ドレス風ワンピースに編みあげブーツで、魔女っ子スタイルだ。
皇月先輩も黒をメインにしたロックテイストな王子様スタイル。
ハロウィンの夜に現れた魔界のお姫様と王子様をモチーフに、森の中にひっそりと建てられた洋館スタジオで撮影が始まった。
アンティークな家具が置かれた部屋や、蔦の絡まる壁が素敵な緑がいっぱいの庭で、カメラマンさんの指示に従ってポーズを決める。
まだカメラを向けられると緊張はするけど、最初の頃よりも自然に笑顔が作れるようになった。
「―お疲れ様でした」
撮影は順調に進んで、思っていたよりも早く終了した。
「お疲れ。今日の撮影すごく良かったよ」
ポンっと後ろから肩を軽く叩かれて振り返ると、皇月先輩が笑顔でそう言ってくれた。
「ありがとうございます」
先輩に誉めてもらえるのが一番嬉しい。
「最初はどうなるかと思ったけど、これならカワイイ・プロジェクトも自信もって出場できるな」
あ、そっか。そうだ。わたし、肝心なこと忘れてた。
先輩は、カワイイ・プロジェクトに参加するための準備としてわたしをここに連れて来てくれたんだ。
わたしをいじめてた如月さん達を見返すために協力してくれているんだよね。
わたしが“音夢”だから、こうして笑顔を見せてくれているんだよね。
そう思ったら、なんだか急に胸が苦しくなった。
「音夢ちゃん、ちょっといいかな?」
その時、凛ちゃんに声をかけられて。
わたしは凛ちゃんに促されて、一緒にメイクルームの方へ向かった。
「凛、音夢のこといじめるなよ」
からかうように言った皇月先輩に、
「そんなことしないもん!」
と否定した凛ちゃん。
凛ちゃんは気さくで優しい子だし、今さらわたしをいじめるようなことはしないだろうと思うけど、真剣な表情に少し不安になる。
「単刀直入に聞くね。音夢ちゃんって、七星くんのこと好き?」
人通りの少ない廊下の端で、凛ちゃんが声をひそめて尋ねた。
「…⋯え?」
予想していなかった質問になんて答えればいいか戸惑っていると、
「わたし、七星くんのこと好きなんだ」
真っすぐわたしを見て、凛ちゃんが言った。
「だから、もし音夢ちゃんも七星くんのことが好きなら。
正々堂々、勝負しようと思って」
凛ちゃんはわたしから視線を逸らさず、迷いのない真剣な瞳で言葉を続けた。
どうしよう。なんて答える?
“わたしも好き”って正直に答える?
“ただ憧れてるだけだよ”って誤魔化す?
そしたら凛ちゃんは皇月先輩と本当につき合うかもしれない。
でも、ライバルが凛ちゃんなんて…敵うわけがない。
だって、わたしなんか…⋯と、そこまで考えた時。
“わたしなんかって言うなよ”
突然、皇月先輩と初めて話した時に言われた言葉を思い出した。
そうだ。わたしは変わりたいから、ここにいるんだ。
ここでまた“わたしなんか”って逃げてたら、いつまでたっても“地味子の美夢”のままだ。
皇月先輩のことが好きっていう気持ちから逃げたくない。
――だから。
深呼吸して、顔を上げて、まっすぐ前を見て。
「―わたしも、皇月先輩が、好き」
勇気を出して口にした言葉は、少し震えていたけれど。
でも、これが今のわたしの精一杯。
少しの沈黙の後、凛ちゃんがふっと軽く息を吐く音が聞こえて。
「そっか。やっぱり、わたしたちライバルだね」
そう言って笑った。
それは、決してバカにしたような嘲笑ではなくて。
まるで“良く言えたね”と誉めてくれているような、優しい笑顔だった。
「お互い、頑張ろうね」
差し出された手を、戸惑いながらもそっと握る。
凛ちゃんの手は、とても温かかった。
ずっと憧れの存在だった凛ちゃんが、恋のライバルになるなんて。
数ヶ月前までなら思いもしなかった。
だけど、もう“わたしなんか”って逃げたりしない。
変わりたいって思うきっかけをくれた皇月先輩にきちんとお礼の言葉を伝えたい。
そして、“好きです”って伝えたい―。



