「おはようございます。よろしくお願いします」
天野先輩と皇月先輩に連れて来られたのは、都内にある撮影スタジオだった。
「七星くん、おはよう。あれ、その子は?」
スタッフさんらしき女の人が皇月先輩にあいさつしたあと、わたしの存在に気づいてそう尋ねた。
「ああ、中学の後輩です。それで、前に話してた読者コーナー、この子を使ってほしいんですけど」
「あら、変身しがいがありそうね。まかせて!」
女の人はそう言うと、
「じゃあ、ちょっとこっちに来てくれる?」
軽くわたしの背中を押して、別の場所へ移動するように歩き始めた。
その途中、
「あ、美雲さん、お疲れ様です!」
聞こえて来た可愛らしい声と、ふんわり漂ってきた甘い香水の匂い。
「凛ちゃん、これから撮影よね。頑張って」
「はい、ありがとうございます!」
美雲さんと呼ばれた人の言葉に眩しい笑顔で答えたのは、まさかの憧れの存在、夜咲 凛ちゃんだった。
うわ、顔ちっちゃい! 足細い! お肌すごくキレイ!
雑誌で見るよりずっと本物の凛ちゃんは可愛くて眩しくてキラキラなオーラを放っている。
皇月先輩に続いて凛ちゃんにまで会えて、しかもこんなに間近で見ることができるなんて…なんだか今日1日で一生分の運を使っちゃったような気がする…。
そう思っていたけれど、このあとわたしには一生分どころじゃないくらいの信じられない出来事が待っていたんだ。
「はい、できあがり」
目の前の鏡に映った自分を見て、目を疑った。
「これ、ホントにわたし?」
あれから控室に案内されてヘアメイクさんにされるがままになっていたら、見慣れた地味子の顔じゃなくてパッチリお目目、ふんわり女子の顔になっていた。
「うん、やっぱり思った通りメイク映えする顔ね。さぁ、次は衣装選びよ」
メイクを終えると、美雲さんが満足気に頷いて別の部屋へ案内された。
「うわ、すごい!」
そこには、大好きなPinky Candyをはじめ、【Sweet Girls】で人気のブランド服がズラリと並んでいる。
「あ、このVery Berryの最新ワンピ可愛い~」
なんてはしゃいでいたら、
「今回はピーターパンがテーマだから、これなんてどうかな」
スタイリストさんから渡されたのは、ティンカーベルをイメージしたワンピース。
背中には羽がついている。
「あら、サイズもちょうど良かったわね。よく似合ってるわよ」
着替え終わると、美雲さんが笑顔で言ってくれた。
こんな可愛い服が着られるなんて、嬉しいけど…ホントにこれをわたしが着ていいのかな?
そもそも、これからいったい何が始まるの?
「さぁ、冒険が始まるわよ」
そう言われて再びスタジオに戻ると、
「七星くん、そのまま目線まっすぐで」
「凛ちゃん、もう少し七星くんの方に寄ってくれる?」
皇月先輩と凛ちゃんが撮影しているところだった。
カメラマンさんの指示に的確に動いてポーズを決めるふたりは、プロそのもの。
「はい、OKです。次、読者コーナー入ります」
その言葉でスタッフさん達が慌ただしく動き始めた。
「さぁ、出番よ」
美雲さんに背中を押されて、皇月先輩と凛ちゃんの前に出ると…
「上出来だな。さすがドリームチーム」
皇月先輩が私の姿を見て感心したようにつぶやいた。
「…ドリームチーム?」
思わず訊き返すと、
「ここではヘアメイクさんやスタイリストさんのことをそう呼んでるのよ。モデルさんが夢の世界へ入りこめるようにすること、そして読者さんに夢を見せてあげることがお仕事だから。ちなみにわたしは七星くんと凛ちゃんが所属する事務所でマネージャーを務めている美雲 (みくも )です。よろしくね」
そう言って美雲さんが微笑んだ。
美雲さんって、皇月先輩と凛ちゃんのマネージャーさんだったんだ。
「実はね、来月号から、一般の女の子が七星くんや凛ちゃんと一緒に物語のキャラクターになって撮影できるっていう【Sweet Girls】の読者コーナー企画が始まるの。それで、誰かいないかなって探してたところだったのよ」
ってことは、つまり…その読者コーナーにわたしが皇月
先輩や凛ちゃんと一緒に載るの…!?
「そんな、いきなり言われても心の準備が…」
だって、ずっと憧れてた皇月先輩と凛ちゃんと一緒に撮影なんて、一生分の運を使うどころの騒ぎじゃない。
明日地球が滅亡するかもしれない。
でも…この機会を逃したらもうこんなチャンス二度とないかもしれない。
それに、せっかく皇月先輩と天野先輩に連れて来てもらったんだし…。
「やってみなよ、美夢ちゃん」
まるでわたしの心を読んだかのように、わたしたちの会話をそばで聞いていた天野先輩が言った言葉に背中を押されて。
「…よろしくお願いします」
わたしは皇月先輩と凛ちゃんに頭を下げた。
「はい、目線こっちに向けて」
「もう少し顎引こうか」
「そのまま、まっすぐで」
スタジオにカメラマンさんの指示と、シャッター音が響く。
眩しいライトを浴びながら、ポーズを決める…んだけど。
「う~ん…やっぱり笑顔が堅いんだよなぁ」
「自然な笑顔で撮りたいんだけどねぇ」
撮った画像をモニターで見ながら、カメラマンさんがつぶやく。
当たり前だけど、ど素人のわたしはカメラを向けられただけで緊張してしまって、なかなかOKが出ない。
皇月先輩と凛ちゃんに迷惑をかけてる。
それが本当に申し訳なくて、いたたまれない気持ちになる。
やっぱりわたしなんかここに来るべきじゃなかったんだ。
「今また“わたしなんか”って思っただろ?」
「え!?」
なんでわかったんだろう…。
「月島って気持ちがすぐ顔に出るタイプだな」
「う…」
はい、その通りです。
「言っとくけど、俺も凛も迷惑だなんて思ってないからな」
「そうそう。わたしだって初めての撮影の時はすごいガチガチで何回も撮り直したんだから」
皇月先輩の言葉に続いて、凛ちゃんが笑顔でそう言ってくれた。
「最初から完璧にできる人なんていないんだから、大丈夫だよ」
凛ちゃんの優しくて力強い言葉が、心の奥にじんわり響く。
「だから、もうちょっと頑張ろう?」
「はい…」
そのあとは、ふたりのフォローのおかげでなんとかOKが出て。
「撮影終了です。お疲れ様でした~」
その言葉に一気に体中の力が抜けた。
「そういえば、読者名どうする?」
控室に戻ると、美雲さんに訊かれた。
「読者名ですか?」
「そう。本名でもいいならそれでもいいんだけど、違う名前にした方がいいよね?」
「…あ、はい」
さすがに、本名が載るのはまずい。
「じゃあ、何か希望する名前ある?」
「えっと…」
どうしよう。いざ違う名前にするとなると、迷うな…。
「美夢ちゃんっていう本名も素敵だけど…そうね、“夢”の字を使って“音夢(ねむ)”ちゃんなんてどう?」
音夢って、響きも可愛いし、【Sweet Girls】の雰囲気にピッタリの素敵な名前だ。
「すごくいいと思います! ぜひそれでお願いします」
「良かった。じゃあ、読者名は音夢ちゃんで載せるようにするわね」
美雲さんがそう言ったその時、控室のドアをノックする音が聞こえた。
「あ、ちょっと待ってね」
先に美雲さんが出てくれて、わたしの方に視線を向ける。
「王子様達がお迎えに来てるわよ」
悪戯っぽく笑いながらそう言われてドアを開けると、
「撮影お疲れ~!」
笑顔の天野先輩と、少し疲れたような表情を浮かべる皇月先輩がいた。
「七星はまだ他の仕事があるから、着替え終わったら駅まで一緒に行こう」
「…いいんですか?」
思わずそう訊き返すと
「うん。もちろん。外の休憩スペースで待ってるから」
天野先輩がそう言ってくれて、わたしはその言葉に甘えることにした。
メイクを落として制服に着替えたら、そこにはいつもの地味子のわたしがいて。
なんだかシンデレラの魔法が解けてしまったような気分だった。
「さっきの美夢ちゃん、すごく良かったよ」
駅までの道を歩きながら、天野先輩にそう言われて。
「そんなことないですよ。わたし、皇月先輩にも凛ちゃんにも迷惑かけちゃって、本当に自分が情けなくて⋯…」
「本当にそうかは、来月の【Sweet Girls】を見たらわかるよ、きっと」
「…え…?」
「とりあえず、今日のことは学校のみんなには秘密ってことで、よろしく」
「…あ、はい。それは大丈夫です」
もしわたしが雑誌に載ってることがバレたら如月さんに何をされるかわからないから、わたし自身、みんなに言うつもりなんてない。
「それじゃあ、またね」
駅の改札で天野先輩と別れて、ひとり自宅の最寄り駅までの電車に乗った。
なんだか、文字通り夢みたいな1日だったな⋯…。



