「音夢ちゃん入ります」
「よろしくお願いします」
8月上旬のある日、わたしは仕事のため都内の撮影スタジオに入った。
でも、今日はいつもと違って凛ちゃんも皇月先輩もいない。
前にもソロ撮影はあったけれど、あの時と違うのは…
「初めまして、BLACK MOONの涼夜です。今日はよろしくね」
「こちらこそよろしくお願いします」
なんと、初めて凛ちゃんや皇月先輩以外の人と一緒に撮影をすることになったんだ。
しかも相手は今10代の女の子を中心に人気急上昇中のダンス&ボーカルグループ“BLACK MOON”(ブラックムーン)のメンバー・涼夜さん。
わたしより6歳上の23歳らしいけど、すごくイケメン。
中世的な顔立ちだけど、爽やか王子様的な皇月先輩とは違って、大人の色気というか妖艶な雰囲気を纏っている人だ。
こんな素敵な人と一緒に撮影なんて、ちゃんとできるか早くも不安になってきた。
でも、そんな不安は撮影が始まってすぐに吹き飛んだ。
涼夜さんはすでにグループの活動で撮影慣れしているのか、わたしが撮影しやすいように色々と気遣ってくれてとてもやりやすかった。
わたしも最初は緊張していたものの、涼夜さんの気さくな態度ですぐにリラックスできて皇月先輩や凛ちゃんがいる時と同じような感覚で撮影が出来た。
「お疲れ様でした~」
無事に全ての撮影を終えてスタッフさんから声がかかると、一気に体の力が抜けたような気がする。
「音夢ちゃん、お疲れ様。今日はありがとう」
「こちらこそありがとうございました」
涼夜さんに声をかけられて、慌ててわたしも頭を下げる。
正直なところ、涼夜さんってグループのイメージからもっと怖い人かと思っていたけれど、実際はとても気さくで優しい人なんだ。
「あ、そうだ。今月の終わりにライブやるから、もし良かったら観においでよ」
そう言いながら、涼夜さんがわたしに2枚のチケットを差し出した。
「2枚あるから彼氏と一緒にどうぞ」
「…えっ…」
涼夜さんもわたしが皇月先輩とつきあっていること知っているんだ…。
「ネットニュースにもテレビにも出てたし、知らない人いないんじゃない?」
まるでわたしの心を読んだかのように涼夜さんが笑いながらそう言った。
「音夢ちゃんの彼氏って結構独占欲強いんだね」
「えっ!?」
「だってあんな風に堂々と宣言するってことは、裏を返せば“こいつは俺のだから手を出すな”って言ってるようなものだし」
「そうなんですか?」
皇月先輩ってあまり自分の気持ちを言葉にしない人だから…そんな風に思ってるとは考えられないんだけど。
「音夢ちゃんも有名になってきてるから、皇月くんも心配なのかもね」
涼夜さんの言葉に思わず笑ってしまった。
「笑うところじゃないんだけどな」
「だって、皇月先輩に心配されるほど人気ないと思うし」
「…⋯そういう自覚ないところが可愛いんだけどね」
「え?」
「いや、なんでもない。お疲れ様でした」
涼夜さんは笑顔でそう言ってスタジオをあとにした。
緊張したけど、いい経験になった1日だったな。
★ ★ ★
「音夢ちゃんの衣装可愛い!」
夏休みも終わりに近づいた8月の終わり。
久しぶりに凛ちゃんと一緒に【Sweet Girls】の撮影ということで、いつもの撮影スタジオに集合したんだけど。
スタジオに入るなり、凛ちゃんがそう声をかけてくれた。
今日は『赤ずきんちゃん』をイメージしたPinky Candyの新作を着ての撮影。
わたしは“赤ずきんちゃん”をイメージした赤を基調にしたジャンパースカートで、赤いフードケープをかぶっている。
凛ちゃんは“オオカミ”をイメージした白基調のジャンパースカートで、頭にはオオカミの耳をイメージしたカチューシャをつけていて、お揃いの衣装なんだ。
「じゃあ、ふたり手をつないでみようか」
カメラマンさんの指示に従って凛ちゃんと手をつないで笑顔を向ける。
「OKです、お疲れ様でした~」
凛ちゃんとは今ではすっかり撮影の息も合うようになって、あっという間に撮影が終了した。
「音夢ちゃん、今度七星くんとデートするんでしょ!? 楽しんで来てね」
撮影が終わって楽屋へ戻る途中、凛ちゃんが声をかけてくれた。
「うん、ありがとう」
凛ちゃんには、仕事でNeO MooNの涼夜さんと共演したことやライブに招待してもらったこと、皇月先輩に美雲さんを通して一緒に行きたいと伝えて了解をもらえたことをラインのメッセージですでに伝えていた。
今回は皇月先輩と初めてふたりきりで行くことになっているから、事実上の初デートになるんだ。
つき合い始めて半年以上経つけど、お互い学校や仕事で忙しいのと、周りの騒ぎも考えてふたりきりでどこかへ出かけることが全然できていなかったから。
「でも、初めて七星くん以外の男の人と共演して誘われたライブで初デートって、仕事とはいえ七星くんもちょっと複雑かもね~」
「え、そうなのかな……」
「でも、七星くんってあまり自分の感情表に出さない人だから、たまにはヤキモチ妬かせるくらいでいいと思うよ」
そう言って凛ちゃんがいたずらっ子のように笑った。
ヤキモチ…か。皇月先輩がヤキモチ妬くところなんて想像つかないな…。
★ ★ ★
デート当日。
朝からソワソワ落ち着かなくて、緊張と期待でドキドキ胸を弾ませていると、約束の時間にうちのインターフォンが鳴った。
玄関を開けると、約束通り先輩が車で迎えに来てくれていた。
大学に入学してすぐ教習所に通い始めたという皇月先輩は、無事に免許を取って仕事も自分で運転してスタジオまで行ったりしているらしい。
「お邪魔します」
ちょっと緊張しながら助手席に乗ってシートベルトをする。
「じゃあ、行くぞ」
「はい」
先輩が車を発進させて、ライブ会場まで約30分のドライブデート。
「そういえば、涼夜さんと撮影した雑誌見た」
「あ、ありがとうございます!初めて先輩以外の男の人との撮影だったから緊張したけど、涼夜さんとても優しい方で安心しました」
「…ふ~ん」
わたしの言葉に、先輩の表情が不機嫌そうになった気がした。
あれ、なんか気に障ること言っちゃったかな?
「先輩、なんか怒ってます?」
「いや、別に」
でも、声がどこか刺々しい気がする。
もしかしてヤキモチ…なわけないか。
そしてあっという間にライブ会場のアリーナへ到着。
あまり早く行きすぎてもみんなに見つかって騒がれてしまうからと、開演ギリギリに席に着いた。
「うわ、すごいステージセット!」
さすが今人気急上昇中だけあって、ステージセットも大きくて豪華だ。
そして開演時間になると会場が暗転して、大歓声と共にライブが始まった。
☆ ☆ ☆
「ライブすごく良かったですね!」
ライブ終了後、帰りの車の中でわたしは大興奮だった。
BLACK MOONのライブって初めて観たけど、あんなに楽しいものだとは思わなかった。
音の迫力も会場の熱気も凄かったし、何よりメンバーがすごく楽しそうにパフォーマンスしていて、みんなとてもカッコ良くて、すっかりBLACK MooNのファンになってしまった。
「美夢はああいう男の方がいいんだな」
「……え?」
今の言葉って、もしかしてやっぱり……。
「悪い、なんでもない」
先輩は慌ててそう言ったけど、わたしにはちゃんと聞こえてたよ。
やっぱり先輩、ヤキモチ妬いてくれたんだよね。
「あの、わたしが一番好きなのは皇月先輩ですからね!」
わたしが笑顔でそう言うと、「急になんだよ」って照れたように視線を逸らした先輩。
だけど、暗い車内の中でも、月明かりに照らされた先輩の顔は心なしかいつもより赤く見えて。
「皇月先輩でも照れたりヤキモチ妬いてくれたりするんですね」
嬉しくて思わず笑いながらそう言うと、「……うるさい」なんてまた怒ったように言う先輩も可愛くて。
ああ、幸せだなって心から思った。



