「あ、月島さんだ」
「皇月先輩の彼女なんだよね」
冬休みが明けて3学期。
わたしは地味子から完全に学園内の有名人になってしまった。
というのも、カワイイ・プロジェクトで優勝して、クリスマスのダンスパーティーで皇月先輩がわたしのことを“彼女”だと紹介したから。
そしてもうひとつ、わたしが学園で有名な理由は―
「音夢ちゃん、サインお願い!」
突然目の前に差し出された雑誌。
顔を上げると、見覚えのない制服姿の女の子が立っていた。
制服のリボンの色が紺色ということは、2年生の先輩だ。
少し戸惑いながらもペンを取りだしてサインをする。
「わたし、音夢ちゃんのファンでスウィート・ガールズ毎月買ってるの。これからも頑張ってね」
「ありがとうございます」
「こちらこそ、サインありがとう」
先輩は本当に嬉しそうな笑顔でそう言うと、2年生の校舎の方へ歩き出した。
わたしが学園で有名なもうひとつの理由。
それは、“音夢”という名前で雑誌のモデルをしているから。
最初はいきなり皇月先輩にスタジオに連れていかれて、言われるがまま必死にやっていた感じだけど、だんだん違う自分になれることが楽しくなってきて。
さっきみたいにファンですって言ってくれる人も増えて、もっとモデル活動してみたいなって思うようになった。
もともと地味子でモデルなんて華やかな世界に全く縁がなかったわたしだけど、密かに女子中高生の間で人気のファッション雑誌『Sweet Girls』で活躍している皇月先輩と夜咲 凛ちゃんに憧れていたから。
だから、冬休みの間に両親と美雲さんに話をして、正式に皇月先輩と凛ちゃんが所属する事務所に入って、芸能活動を始めることにしたんだ。
憧れのふたりと一緒にモデルの仕事をしているなんて、本当に夢を見ているみたい。
「見て見て!この凛ちゃん可愛い~!」
「ホントだ、このドレス欲しい~!」
教室に入ると、クラスの子達が雑誌を見て盛り上がっていた。
「あ、月島さん! おはよう!」
自分の席に着こうとした時、わたしに気づいた早瀬《はやせ》さんが顔を上げて声をかけてきた。
彼女は如月さんグループのひとりだ。
「おはよう」
なんとなくイヤな予感がしながらも挨拶を返すと、
「ねぇねぇ、月島さんってまたスウィガの撮影ある?」
瞳をキラキラさせながら聞いてくる早瀬さん。
「あるけど……」
「じゃあ、今度凛ちゃんのサインもらえるかな!?」
やっぱり、それが目的か。
如月さんグループの子達がわたしに話しかけてくる理由は、ほとんどが凛ちゃんのサインが欲しいから。
わたしのことを認めてもらえたからではないんだ。
でも、だからこそ思う。
もっと頑張って自分に自信をつけて、「人気モデルの音夢だ」って認めてもらいたい、って。
☆ ☆ ☆
「音夢ちゃん入りま~す」
スタジオにマネージャーの美雲さんの声が響く。
「よろしくお願いします」
周りのスタッフに挨拶をしながらスタジオに入る。
「音夢ちゃん、久しぶり~!」
真っ先に笑顔で声をかけてくれたのは凛ちゃん。
「お久しぶりです」
ちょっと緊張しながら挨拶すると、
「表情堅いよ! リラックス、リラックス!」
凛ちゃんがそう言って軽く肩を叩いてくれた。
相変わらず凛ちゃんは優しいな。
1月半ばの3連休初日。
今日は久しぶりの撮影日で、実はかなり緊張していたんだけど……。
きっとそんなわたしの気持ちを、凛ちゃんはわかってくれているんだ。
「せっかくプロジェクト優勝したんだから、自信もって堂々と、ね?」
「……え……」
どうして凛ちゃんがそのことを知ってるんだろうと一瞬疑問に思ったけど、そういえば美雲さんは華宮学園の卒業生だし、皇月先輩もいるし、きっとふたりから聞いてるんだ。
「七星くん入りまーす」
再び美雲さんの声が聞こえて来て、今度は皇月先輩がスタジオに入って来た。
先輩に会うのはあのクリスマス・パーティーの時以来だ。
「お久しぶりです」
「ああ、久しぶり」
わたしが声をかけると、皇月先輩は笑顔で返してくれた。
「久しぶりって、ふたりとも冬休み会ったりとかしてないの?」
わたし達の挨拶を聞いて、凛ちゃんが驚いている。
でも、皇月先輩は受験生でもあるし(夢咲学園は大学附属校だけど)何より人気モデルだ。
わたしが気やすく会えるような人じゃないことはよく分かっている。
実際、“彼女”と全校生徒に紹介されたものの、お互い連絡先すら交換してないし。
学校でも、学年が違うからそんなに会えるわけじゃない。
あの時のことは全部夢だったんじゃないかと思ってしまうくらい現実感がない。
「そうだ! 音夢ちゃん今日撮影の後って何か予定ある?」
「いえ、ないですけど」
友達もいないし、両親も出張で家を空けているし、撮影が終わったら自宅でひとりのんびりするつもりだった。
「よし、じゃあ今日は美夢ちゃんも一緒に行ってもらおう」
「「え?」」
凛ちゃんの言葉に、わたしと皇月先輩の声が重なる。
どういうこと?と訊こうとした時、
「それではスタンバイお願いします」
タイミング悪くスタッフから声がかかった。
「とりあえず、撮影終わったらそのまま帰らないで待ってて」
凛ちゃんはそう言うと、セットの方へ向かった。
「音夢ちゃんもう少し前に出て、目線はこっちね」
「凛ちゃんそのままのポーズで」
そして、久しぶりの撮影が始まった。
今日は“乙女系女子の音楽会”をテーマにした衣装で、わたしは鍵盤や音符柄の入ったワンピースとヴァイオリン型のバッグを持っている。
「はい、OKです。お疲れ様でした」
午後4時、無事に撮影が終了した。
「ありがとうございました」
関係者に挨拶をして、楽屋へ戻ろうとした時。
「音夢ちゃん、ちょっと待って!」
廊下で凛ちゃんに声をかけられて、慌てて立ち止まった。
「美雲さんが車出してくれるから、そのまま駐車場に行こう」
「え?」
どういうこと?
この衣装のままでいいの?
「時間ギリギリだから、早く!!」
「は、はい!」
凛ちゃんの急かすような強い口調にビックリして、わたしは言われるがまま駐車場へ向かった。
「あ、やっと来た! ちょっと急ぐから、シートベルトしっかりしてね」
車に乗り込むなり美雲さんがそう言って、わたしと凛ちゃんがベルトをつけたのを確認すると車を発進させた。
「あ、あの。どこに行くんですか?」
時間がないって一体どういうこと?
しかも衣装のままで来ちゃったけど、こんな派手な服で行っていいところなの?
「社会勉強って感じかな」
わけがわからず戸惑っているわたしに、美雲さんはますます意味のわからないことを口にした。
そういえば撮影の前に凛ちゃんが“一緒に行ってもらおう”って言ってたけど……。
結局どこに行くのかわからないまま、車は速度を上げて進んでいく。
「良かった、ギリギリ間に合いそう」
しばらくして、美雲さんがつぶやいて車を駐車場に停めた。
すぐそばに、“東京文化ホール”と書かれた看板が見える。
「関係者席の入り口だからこっちね」
車から降りると、美雲さんが案内してくれた。
入口の前で美雲さんが受付の人にチケットを2枚見せると、パスを渡された。
「それ、つけて入ってくれる?」
美雲さんに言われて、渡されたパスを首にかけて中に入る。
「Mille Fleurs(ミル・フルール)スペシャルコンサート?」
ロビーに貼られているポスターを見て、やっと何をしに来たのかわかった。
「もしかして、ミルフルのコンサート観るんですか?」
「そうよ。関係者席のチケット用意してもらったの。もう七星くんは席で待ってるから」
「え!?」
ミルフルのコンサートを観られるの!?
信じられない気持ちで、美雲さんの後をついていく。
「ギリギリセーフだな」
席に着くと、隣には本当に皇月先輩が座っていた。
席についてすぐ、照明が落ちてコンサートが始まった。
拍手と歓声に包まれる中、白いドレスで登場した3人の女の子。
Mille Fleursは通称“ミルフル”と呼ばれているアイドルグループだ。
フランス語で“千の花”という意味があり、メンバーの名前が“さくら”、“すみれ”、“かすみ”と全員花の名前であることと、千の花のように美しく華麗に咲き誇れるようにという想いを込めて名づけられたらしい。
可愛い容姿とクラシカル・ロリータの衣装で歌う3人はまるでお姫様のようで、海外でも“カワイイ”と人気があるみたい。
わたしは偶然ショート動画で観てから好きになって、いつかコンサートに行ってみたいなって思っていたんだけど。
まさかこうして観られるなんて思ってなかった。
初めて生で見る3人は本当に可愛くて、まるで雪の妖精が舞い降りて歌っているみたい。
どんどん歌の世界に惹きこまれて、約2時間半のコンサートはあっという間に終了した。
***
「ミルフルの歌良かったね!」
「それに衣装もすごく可愛かった!」
帰りの車の中、大興奮状態でコンサートの感想を熱く語り合うわたしと凛ちゃん。
その様子をちょっと呆れたように黙って見ている皇月先輩。
美雲さんが、わたしたち3人を車で家まで送ってくれることになって、助手席に皇月先輩、後部座席にわたしと凛ちゃんが乗っているんだけど。
わたしと凛ちゃんはもともとお互いミルフル好きだったとわかって、大盛り上がり。
「ふたりとも、そんなにミルフル好きだったの?」
美雲さんもわたしたちの興奮ぶりにかなり驚いている。
「ショート動画で踊ってみた動画もバズってるんですよ」
「なるほどね〜」
凛ちゃんが説明すると、美雲さんが納得したように頷いた。
「はい、到着」
あっという間にわたしの家の近くに着いて、名残惜しい気持ちでシートベルトをはずす。
「今日のその衣装、美夢ちゃんにあげるからね」
「え、いいんですか!?」
思いがけない美雲さんの言葉に、思わずはしゃいだ声を上げてしまった。
「よく似合ってるから、今度は七星くんとのデートの時に着たら?」
皇月先輩に聞こえないように耳打ちしながら言われた凛ちゃんの言葉に、思わず顔が赤かくなった。
「今日は本当にありがとうございました」
車を降りてお礼を言うと、凛ちゃんと美雲さんが「また撮影でね」と言ってくれた。
皇月先輩も、微かにだけど笑ってくれた。
玄関の前に行くと美雲さんが車を発進させて、わたしは車が見えなくなるまで手を振った。
夢のような時間の余韻に浸りながら、わたしは玄関のドアを開けて現実の世界へと戻った。



