【Side 七星】
「おはようございます」
「今日もよろしくお願いします」
冬休みに入って訪れた今年最後の【Sweet Girls】撮影日。
スタジオに入って、関係者に挨拶をしながら歩いていると。
「七星くんおはよう!」
元気な声が聞こえたのと同時に後ろから肩を叩かれた。
振り返って確認すると、声をかけてきたのはモデル仲間の夜咲 凛だった。
今日は凛とふたりで特集コーナーの撮影を行うことになっている。
「やっぱり凛か。相変わらず元気だな」
「相変わらずは余計だと思います~。それより、ダンスパーティーどうだった?」
気になって仕方ないという感じで興奮気味に訊かれて、その勢いに苦笑しながら「大成功だよ」と答えた。
「ホント!? 良かったぁ~」
「凛も美夢のこと色々フォローしてくれてありがとな」
「ううん。だって美夢ちゃん一生懸命でいい子だもん。で、ちゃんと七星くんの気持は伝えたの?」
「え? …あぁ…」
“ちゃんと”と言われると、微妙かもしれない。
「なに、その曖昧な感じ。美夢ちゃんはずっと気になってた初恋の子なんでしょ? きちんと言わないと男らしくないよ!」
珍しく感情的になっている凛に、少し驚いた。
「なんでそんなムキになってるんだよ」
「だって…美夢ちゃんが約束してくれたから…」
「約束?」
「私なんかって逃げないで七星くんに告白するって。だから…」
「凛ちゃん、そろそろメイク入るよ~」
言いかけたところでタイミング悪くスタッフから声がかかった。
「とにかく、七星くんの気持ち美夢ちゃんに言ってあげてね!」
凛はビシッと人差し指を俺に向けてそう言うと、楽屋へ向かって走って行った。
…初恋の子、か…。
自分の楽屋に向かいながら、さっき凛に言われた言葉を思い出す。
俺が初めて月島と会って話したのは、高校に入学するずっと前…小学4年生の時だ。
月島は完全に忘れてるみたいだけど…。
あの時月島が言ってくれた言葉があるから、俺は今こうして人気モデルとして活躍できてるんだ。
当時、既に週2回タレント養成所に通っていた俺は、その日もいつものように放課後養成所でレッスンを受けていた。
だけど、もともと人見知りだった俺はその頃グループでのレッスンがとても苦手で。
その日も憂鬱な気持ちでレッスンを受けていた。
一緒のグループでレッスンを受けている子達が俺のことを嫌っているのがわかっていたから、尚更嫌だったんだ。
なんとかレッスンを終えて帰ろうとした時、偶然通りかかったロッカールームで同じグループの子達の話声が聞こえてきて。
「皇月ってなんかキモイよな~」
「うん、ほとんど喋らないし何考えてるかわかんないし」
「女の子みたいな顔してるしさ。実はあっち系の人だったりして」
「うわ~もっとキモイ」
俺の悪口を言っているんだってことはすぐにわかった。
容赦なく飛び出す悪意に満ちた言葉達が胸に突き刺さった。
レッスンを終えた帰り道、人通りの少ない道端で溢れてくる涙を堪えきれずにしゃがみこんで泣いていたら、
「大丈夫? どこか痛いの?」
突然誰かに声をかけられて顔を上げると、知らない女の子が心配そうな表情で俺を見つめていた。
ランドセルを背負っているから、学校帰りなんだろう。
「誰かにいじめられてるの?」
黙ったままの俺に、女の子はもう一度尋ねた。
悪口もいじめ…というんだろうか。
でも…もとはといえば人見知りでみんなと話せない自分が悪いのかもしれない。
どうせみんなに迷惑かけて嫌われるんだから、レッスンなんか行ったって意味ないんだ。
自分なんか何をやってもダメなんだ。
「僕なんか何やってもダメなんだから、もうやめた方がいいんだ」
どうしようもなく絶望的な気持ちになって、零れ落ちた言葉。
もう何もかも投げ出したくなった。逃げ出したくなった。
別にレッスンなんて行きたくて行ってるわけじゃない。
だから、もう辞めてしまいたい。
そう思ったその時だった。
「僕なんかって言ったらダメだよ!」
女の子が、突然強い口調で言った。
「みゆのおばあちゃんがいつも言ってるよ! やる前からできないって言ってあきらめるなって。自分にもできるって思ってやりなさいって。だからあきらめちゃダメだよ!」
一気にそう捲し立てると、今度は女の子の方が泣きそうな顔になった。
そして、「これ、使っていいから」とポケットからハンカチを差し出した。
「…ありがと…」
戸惑いながらもハンカチを受け取った、その時。
「みゆちゃ~ん!」
どこからか、女の子(“みゆ”という名前なんだろう)を呼ぶ女の人らしき声が聞こえて。
「あ、おばあちゃんが呼んでるからもう行かなきゃ!」
女の子は、そう言うと走って行ってしまった。
なんだったんだろう、今のは。
突然現れて、お説教して、ハンカチ渡して去って行くなんて……。
でも、泣いている見ず知らずの他人に声をかけて一生懸命励まそうとしてくれたんだよな。
そう思ったら、絶望に沈んでいた気持ちがふっと軽くなって思わず小さく笑みが零れた。
たった数分の出来事だったけど、俺にとっては忘れられない大切な思い出。
「七星くん、メイク入るわよ」
思い出に浸っていたら、楽屋のドアをノックする音が聞こえてマネージャーの美雲さんに声をかけられた。
バッグの中からお守り代わりのハンカチを取り出してポケットに入れると、メイクルームへ向かう。
「今日は美夢ちゃんいないけど、次の撮影日にはまた来てもらう予定だから」
意味ありげに笑う美雲さんは、恐らくクリスマスのダンスパーティーのことを知っているんだろう。
「やっと会えた初恋のお姫様、大切にしてあげてね」
「……はい」
凛のヤツ、美雲さんにもあのこと話したな…。
「七星くん入りま~す」
メイクを終えスタジオに入る前、深呼吸をしてあの言葉を思い出す。
“僕なんかって言ったらダメだよ”
月島は覚えてないかもしれないけど…あの時からずっと、俺はこの言葉に支えられてきた。
だからこうして今日も自信を持ってカメラの前に立てるんだよ。
今度会えた時にはきちんと伝えるから。



