恋は手のひらの上で

「ほら、ね」

彼らがいなくなったあと、つぶやく彼のそれは、なんの“ほら”なのか、よく伝わった。

立ち話をここで長々とするのは賢明ではない。そういうことだ。

ちょっと抵抗してみたくて口をとがらせた。

「仕事の顔、してたつもりなんですが」

「いや、もっといつもは凛々しいです」

「…椎名さん、なんの話をしてたんですか」

「お誘いしてます、お酒でも飲みに行きませんか、って」


私はもう一度、彼を見上げた。
涼しい顔で、なんてことを言うんだろう。

唖然とする私が一向に返事をしないのに、彼はずっと待っている。


落ち着いて。
「お誘いしてます」の意味は?
「お酒でも飲みに行きませんか」の意味は?
私の解釈と彼の解釈が合っていなかったらどうしよう。
その可能性も無きにしも非ずだ。


その時、また遠くからコツコツと足音。
誰か来る。

私は反射的に答えた。

「行きます」

急ぐあまり、素直に出た言葉。