恋は手のひらの上で

「今日さ」

高橋が私の顔を覗き込むようにして言う。

「なんか、雰囲気違ったよ」

「そうかな」

「うん。仕事モードって感じ」

「いつもと変わらないよ」

「自覚ないの?」

彼の腕の重みが増す。
そのまま、さらに近い距離で私の顔を見つめてきた。

「取られないようにしないとな」

冗談のトーンではあったけれど、目は笑っていない。

…焦ってる。分かりやすいほどに。

「私は、私だよ」

見つめられても、高橋を見つめ返すことはしなかった。
代わりにまっすぐ前を向く。


椎名さんが思ったより若くて、思ったより整っていて、 思ったより落ち着いていたから。

高橋はそれを言語化しない。
ネクタイも直さない。
ただ、腕の力がほんの少しだけ強くなる。

私はひたすら前を見る。

触れているのに、落ち着かない。
でも、触れていないのに、落ち着いた手もあった。

夜風が吹く。

結び目を整える指と、 緩んだままのネクタイ。

ただ言えるのは、胸の奥に小さな違和感が残っているということ。

それだけは、はっきりしていた。


慣れないヒールに気づいていないのか、高橋は強引に私に歩幅を合わせることなく歩く。

ここで思い出す。
エレベーターホールに向かう時、椎名さんは私に歩調を合わせていてくれたことを。


この微妙な違いが、私の中で表現しがたい感情へ変わる。
今は気づかないふりをした。