恋は手のひらの上で

椎名さんは、高橋が思うような人ではない。
ちゃんと認めてくれて、待ってくれて、一緒に笑ってくれた。

「お茶でもしてから帰ろっか?」

外へ出ると、夜風が強い。
少しばかり冷えている風に身をすくめていたら、高橋がそんなことを言い出したので、首を振る。

「そんな時間ないよ。帰ったらすぐ修正したいとこ、いっぱいなの」

「スキマ時間もくれないわけ?」

「なに言ってんの、缶コーヒーでじゅうぶん」


いつものようなやり取りを交わしながら、高橋は自然な動きで私の隣に並び、 ためらいなく肩に腕を回す。

慣れた彼の手の重さ。
これも、彼がよくやる私への感情表現。


振り払うことはしない。
─────でも、頭に浮かぶのは、さっきの指先。

高橋ではなく、椎名さんの。

ネクタイの結び目を、正確に緩める手。
布地を整えて、中央へ戻す動作。
無駄のない手。

今、肩にある腕は、そうじゃない。

少し重くて、 少し強くて、 ネクタイと同じで、どこか曖昧に緩んでいる。