恋は手のひらの上で

「…西野さん?」

名前を呼ばれて、はっと我に返る。

不思議そうな、大丈夫かと心配しているようにも見える目と合い、彼の手を見ていたことがばれた気がして、慌てて画面に戻った。

「あっ、ごめんなさい。ついボーッとしてしまって」


手に見とれていたとは絶対に言えない。死んでも言えない。

椎名さんは一瞬だけ私の視線を追い、それからほんの少し口元を緩めた。

─────気づいてる。

やばい、と思った矢先。


彼は何事もなかったようにネクタイに触れた。
結び目を指先で軽く引く。
喉元がわずかにゆるむ。

その動きが、やけにきれいだった。

無駄がない。

布を扱う指が、迷いなく結び目をつかむ。
さっきまで隙のなかった線が、ほんの少しだけ崩れる。

「ボーッとする時もありますよ。俺もそうです。ずっと根詰めて集中なんてしてたら身が持たない」

私が視線を逸らすより先に、彼は結び目を元の位置に戻した。

今度は、締めすぎない。
完璧に戻さない。


「実際、俺も今日は少し緊張していましたし」

そう言って、ネクタイを整え直した。
今度は締めすぎない。緩めたまま、指を離す。

「私の判断が遅かったせいですね。すみません」