恋は手のひらの上で

ふと彼は切り替えるように、さっきの安堵を隠すみたいに、すぐ仕事の声に戻った。

「では、粗利再計算しましょう。原価は変わりませんので」

もう、冷静だ。早い。私の感情が追いつかない。

はい、と返事をするかしないの間に、椎名さんが私のノートパソコンに手を伸ばした。

すっと伸びる指。
節がきれいに出ていて、余計な丸みがない。
タッチパッドを滑る動きが静かで、正確で、無駄がない。

爪は短く整えられていて、艶もないのに清潔感だけがある。
仕事をするための手。


「ここの、広告費を固定にして…」

言いながら、指先でセルを軽く叩く。
カツ、と小さな音。その音がやけに近い。

キーボードを打つときのリズムも一定で、強くも弱くもない。
指が長いから、キーの上に置いたときの収まりがきれいだ。

私は、気づけばその手を見ていた。
数字よりも。画面よりも。

骨ばった甲に、薄く浮いた血管。
スーツの袖口からのぞく手首。
馴染む黒革ベルトの腕時計。きらりと文字盤が光る。
シャツの白と、肌のコントラスト。

好きな手、だなぁ…。