朝七時四十分。
インターホンも鳴らさずに玄関を叩く音で、目が覚める。
「司! 起きてる!? もう時間だよ!」
聞き慣れた声に、星宮司は布団の中で小さく息を吐いた。
「……起きてる」
起きている。正確には、さっき起きたばかりだ。
けれど、すぐに動く気はあまりない。
玄関を開けると、腕を組んだ星野麗が立っていた。
長い黒髪を揺らし、朝の光を背にしてこちらを睨む。整った顔立ちは、近所でも学校でも有名だ。入学当初から「学校一の美人」と噂されているらしいが、本人はあまり気にしていない。
「もう! 何分待たせるの?」
「そうだな」
「反省してないでしょ」
「してるしてる」
司は靴紐を結びながら、いつもの調子で答える。
僕は星宮司。
マイペースで、感情があまり顔に出ない。クラスでは無口なほうだが、成績も運動もそこそこできるせいで、勝手に“イケメン枠”に分類されているらしい。顔の良さはそれなりに自覚してるし利用してる。
そして目の前の星野麗は、幼稚園の頃からの幼馴染みだ。
家は隣同士。物心つく前から一緒にいて、気づけば登下校も当たり前になっていた。
「今日、数学の小テストあるからね?」
「知ってる」
「昨日ちゃんとやった?」
「まぁな」
「まぁな、じゃないの。絶対ギリギリまでゲームしてたでしょ」
「……してない」
一拍空いたのを見逃さず、麗がじとっと睨む。
「もう! 仕方ないなぁ……放課後、私が見てあげるから」
「はいはい」
世話焼き。過保護。お母さんみたい。
それがクラスでの麗の扱われ方だ。
もっとも、その“世話焼き”の対象はほとんど司限定なのだが。
学校に着くと、案の定声が飛ぶ。
「お、今日も一緒〜?」
「相変わらず仲良いねぇ、星宮くんと星野さん」
「公認夫婦おはようございます」
麗が一瞬で赤くなる。
「ち、違うから! ただの幼馴染み!」
司は特に否定しない。
ロッカーに鞄を入れながら、淡々と上履きに履き替える。
「否定しなさいよ、司も!」
「別に、面倒だし」
「面倒って何!?」
教室に笑いが起きる。
周囲から見れば、二人は完全に“できている”。
けれど実際は、幼馴染み以上恋人未満。
――絶対、こいつとは付き合わない。
それが、二人の共通認識だ。
理由は特にない。ただ、今の関係が一番楽だから。
昼休み。
麗の机の周りには自然と人が集まる。明るくて、優しくて、誰にでも平等。だから人気がある。
「星野さんってさ、ほんと面倒見いいよね」
「彼氏できたら絶対尽くすタイプだよな〜」
そんな声が聞こえる。
司は窓際の席で、ぼんやり外を見ていた。
特に反応はしない。顔にも出ない。
けれど。
「麗、これ運ぶの手伝ってくれる?」
他の男子が声をかけた瞬間、司の視線だけが静かに動いた。
「あ、うん。いいよ」
麗が立ち上がる。
男子の隣に並ぶ麗の横顔を、司は無言で見つめる。
胸の奥が、わずかにざらつく。
――別に。
何も思っていない。
ただの幼馴染みだ。
放課後。
帰り道、麗が少し不満そうに言った。
「今日、機嫌悪かった?」
「別に」
「なんか静かだった」
「いつもだろ」
「そうだけど!」
少し前を歩く麗の背中を、司はゆっくり追う。
夕焼けに照らされたその横顔を、何度も見てきた。
笑う顔も、怒る顔も、泣く顔も、全部知っている。
だからこそ。
他の誰かがそれを独占するのは、想像したくない。
けれど、それを言葉にするつもりもない。
「司?」
「……なんでもない」
「変なの」
麗は笑う。
その笑顔を見て、司は小さく息を吐いた。
――絶対、付き合わない。
でも。
もし麗が誰かと付き合う日が来たら。
その時、自分はきっと。
“面倒だな”では済まない。
司はまだ、それを知らない。
インターホンも鳴らさずに玄関を叩く音で、目が覚める。
「司! 起きてる!? もう時間だよ!」
聞き慣れた声に、星宮司は布団の中で小さく息を吐いた。
「……起きてる」
起きている。正確には、さっき起きたばかりだ。
けれど、すぐに動く気はあまりない。
玄関を開けると、腕を組んだ星野麗が立っていた。
長い黒髪を揺らし、朝の光を背にしてこちらを睨む。整った顔立ちは、近所でも学校でも有名だ。入学当初から「学校一の美人」と噂されているらしいが、本人はあまり気にしていない。
「もう! 何分待たせるの?」
「そうだな」
「反省してないでしょ」
「してるしてる」
司は靴紐を結びながら、いつもの調子で答える。
僕は星宮司。
マイペースで、感情があまり顔に出ない。クラスでは無口なほうだが、成績も運動もそこそこできるせいで、勝手に“イケメン枠”に分類されているらしい。顔の良さはそれなりに自覚してるし利用してる。
そして目の前の星野麗は、幼稚園の頃からの幼馴染みだ。
家は隣同士。物心つく前から一緒にいて、気づけば登下校も当たり前になっていた。
「今日、数学の小テストあるからね?」
「知ってる」
「昨日ちゃんとやった?」
「まぁな」
「まぁな、じゃないの。絶対ギリギリまでゲームしてたでしょ」
「……してない」
一拍空いたのを見逃さず、麗がじとっと睨む。
「もう! 仕方ないなぁ……放課後、私が見てあげるから」
「はいはい」
世話焼き。過保護。お母さんみたい。
それがクラスでの麗の扱われ方だ。
もっとも、その“世話焼き”の対象はほとんど司限定なのだが。
学校に着くと、案の定声が飛ぶ。
「お、今日も一緒〜?」
「相変わらず仲良いねぇ、星宮くんと星野さん」
「公認夫婦おはようございます」
麗が一瞬で赤くなる。
「ち、違うから! ただの幼馴染み!」
司は特に否定しない。
ロッカーに鞄を入れながら、淡々と上履きに履き替える。
「否定しなさいよ、司も!」
「別に、面倒だし」
「面倒って何!?」
教室に笑いが起きる。
周囲から見れば、二人は完全に“できている”。
けれど実際は、幼馴染み以上恋人未満。
――絶対、こいつとは付き合わない。
それが、二人の共通認識だ。
理由は特にない。ただ、今の関係が一番楽だから。
昼休み。
麗の机の周りには自然と人が集まる。明るくて、優しくて、誰にでも平等。だから人気がある。
「星野さんってさ、ほんと面倒見いいよね」
「彼氏できたら絶対尽くすタイプだよな〜」
そんな声が聞こえる。
司は窓際の席で、ぼんやり外を見ていた。
特に反応はしない。顔にも出ない。
けれど。
「麗、これ運ぶの手伝ってくれる?」
他の男子が声をかけた瞬間、司の視線だけが静かに動いた。
「あ、うん。いいよ」
麗が立ち上がる。
男子の隣に並ぶ麗の横顔を、司は無言で見つめる。
胸の奥が、わずかにざらつく。
――別に。
何も思っていない。
ただの幼馴染みだ。
放課後。
帰り道、麗が少し不満そうに言った。
「今日、機嫌悪かった?」
「別に」
「なんか静かだった」
「いつもだろ」
「そうだけど!」
少し前を歩く麗の背中を、司はゆっくり追う。
夕焼けに照らされたその横顔を、何度も見てきた。
笑う顔も、怒る顔も、泣く顔も、全部知っている。
だからこそ。
他の誰かがそれを独占するのは、想像したくない。
けれど、それを言葉にするつもりもない。
「司?」
「……なんでもない」
「変なの」
麗は笑う。
その笑顔を見て、司は小さく息を吐いた。
――絶対、付き合わない。
でも。
もし麗が誰かと付き合う日が来たら。
その時、自分はきっと。
“面倒だな”では済まない。
司はまだ、それを知らない。
