隣国へ売られた裏聖女は黒騎士様の病を治して国も繁栄させてしまったので、帰ってこいと言われてももう帰してもらえません




 王への謁見が終わり、ダリオスの屋敷へ向かうため、セイラはダリオスと一緒に馬車に乗っていた。ダリオスは王城の近くの領地に屋敷を構えているらしい。

「突然のことで不安かと思うが、この腕が治ればまたポリウスにあなたをお返しするつもりだ。書類上で結婚という形をとるが、あなたを愛することはないし、不必要に触れることもないから安心してほしい」

 感情の見えない顔でダリオスがセイラへ告げる。

「わかりました。……これからよろしくお願いします」

 そう言ってセイラが小さくお辞儀をすると、ダリオスも小さく頷いて窓の外へ目を向けた。

(左腕、痛くないのかしら……)

 ダリオスの左腕の禍々しい黒い瘴気は、相変わらず左腕をきつく締め上げている。ダリオスは飄々としているが、どう考えても激痛が走っているはずだ。

「あの、腕は痛くないのですか?それだけ締め上げられていては、相当な痛さだと思うのですが……」

 おずおずとセイラが尋ねると、ダリオスはああ、と左腕に視線を落とした。

「普段はこの痛みを軽減する魔法の腕輪をつけている。だが、病の力が強すぎて腕輪はすぐ壊れるんだ。王城へ来る前にも壊れてしまって今はこの有様だ。帰ったらすぐに新しい腕輪に交換してもらわないといけない」

 胸ポケットからハンカチに包まれた、粉々になった腕輪をセイラに見せる。そしてすぐにまた胸ポケットへしまうと、右腕で左腕を静かにさすっている。左腕は時折痙攣しており、恐らくは痛みを我慢しているのだろう。

(やっぱり、痛いんだわ……)

「あの、左腕をこちらに」
「?」

 セイラが遠慮がちにダリオスの左腕を掴む。ダリオスは驚いて手を引っ込めようとするが、セイラは掴んだ左手をきゅっと握りしめた。

(騎士様の手……ゴツゴツとして豆がたくさんついている。日々の鍛錬や戦の厳しさがわかる手だわ)

 セイラはダリオスの手をとって愛おしそうに見つめた。そんなセイラの様子に、ダリオスは戸惑いを隠せない。

「一体何を……」

 ダリオスが尋ねると、セイラは両手でダリオスの左手を包み込み、額に当てて静かに目を瞑った。

(どうか、この方の痛みが和らぎますように)

 セイラが祈ると、セイラの手から光が漏れ出す。その光はダリオスの左手へ伝い、一瞬大きく光って消えた。

「!」

 セイラが目を開いて手を離すと、ダリオスは左手をまじまじと見つめ、驚いた表情で左手を握ったり離したり色々と動かしている。腕輪をしていないのに、なんの問題もなく動かせるだなんてあり得ない。痛みの消えた左腕にダリオスは驚きを隠せないでいる。

「痛くない……これは、あなたの、力なのか?」
「はい。私の力が効いたのならよかったです。いつまで保つ(もつ)かはわかりませんが、当分は痛みが出ないかと思います」

(よかった、私の浄化の力が効いたみたい)

 ホッとするセリアに、ダリオスが驚愕の眼差しでセイラを見つめ尋ねる。するとセイラはフワッと嬉しそうに微笑んだ。まるでその場に花が咲いたような微笑みで、ダリオスの胸は一瞬高鳴った。

「そ、う、なのか。……ありがとう」
「いえ、私の役目なので。それよりも、ダリオス様はすごいですね、あれほどの状況であれば激痛でその場に立ってもいられないはずです。それなのに、顔にも出さす平然としてらっしゃる。騎士としての立ち振る舞いとしては当然のことなのかもしれませんが、本当にすごいことだと思います」

 そう言って、セイラはまた静かに微笑んだ。今度は尊敬の念がこもった微笑みを向けられ、またダリオスの胸が一瞬大きく高鳴る。自分の心臓の変化に戸惑ったダリオスは思わず目を逸らし、肘をつくふりをして自分の手で顔を隠して窓の外を見た。