銀杏並木の毒舌な隣人たち

 すると今度は、一人の老人とリードに繋がれた、毛並みの薄い老犬が、こちらをじっと見つめていた。
 ピクリと動くこともせず。世界の時間が止まったかのように動かず、ただ麻美子のことを見ていた。
 麻美子は老人の白くまん丸な目を見つめた後、視線を下げ、足元の老犬に問いかけた。

「あなたは何。あなたも私に言いたいことがあるんでしょ」

 老犬は真っ直ぐに麻美子を見つめると、掠(かす)れた声で言い放った。

「何もないよ」

「……え?」

「何も言えないんだよ、麻美子。私は保健所で、あと一日もすれば殺されるところだったんだ。今、こうして生きている。それだけで十分幸せなんだよ」

 麻美子が一瞬瞬きをして目線を下げると、そこにいたはずの犬の姿が消えていた。

「あの頃の私は、まだ子犬だった」

 振り向くと、数歩後ろのガードレールの上に、背を丸めた老犬が座り、器用にタバコを燻らせていた。

「飼い主の彼も、あんなに喜んでくれたのにね。……いつの間にか、私は彼の寿命を追い抜いてしまったよ」

 老犬がふうっと煙を吐き出すと、次の瞬間には、再び老人の持つリードの先に静かに佇んでいた。最初から一歩も動いていなかったかのように。

「いいかい、麻美子。生きている。それだけで、君の勝ちだよ」