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西新宿のオフィス街。
完璧なスリーピーススーツを着こなした絶世の美男子が、左手の甲に「鮮やかな緑の幼虫」を乗せ、慈しむような目で見つめながら歩いている。
すれ違うビジネスマンたちが二度見し、すれ違った後にも、わざわざ振り返っていく。その視線の痛さに、怜は顔を伏せ、足を速めた。
「……課長、そんなに肩を落とさないでください。色々と注目の的すぎて、私が恥ずかしいです」
「……だって、彼女はとても静かに、熱心に僕の仕事を見守ってくれていたんだ。真壁さん、君は彼女の、吸盤のような足の繊細なタッチを感じたことはないのかい?」
「あるわけないでしょう。……まあ、昔、弟が飼っていたので、世話はしたことはありますけど」
「弟……? 君の弟も、昆虫を愛していたのかい?」
景の瞳が、夏の星座のようにキラキラと輝きだした。その無邪気な光は、まるで放課後のチャイムを待つ小学生男子のようだ。
「……愛、って言われると、ちょっと困りますけど。好きだったとは思います。蝉とかカブトムシとか、あとは……カマキリとかも。今の課長みたいに捕まえてきては、虫かごで育ててましたね。ときどき、家の中に放したりして、母に怒られてました」
「僕と一緒だ! 僕もフランスで、夏になると毎年虫取りをしていたよ。寝ている母の枕元に百匹の鈴虫を並べて、最高のオーケストラをプレゼントしようとしたら凄い剣幕で怒られた。……懐かしいなぁ」
「…………」
怜は足を止めた。それはプレゼントではなく、もはや生物テロだ。
(……やっぱりこの人、根本的に理解できない。というか、この美麗な顔で鈴虫百匹って、イメージがどうも噛み合わないのよね)
景の幼少期。巨大な屋敷で、一人、虫と対話する少年の姿が脳裏を掠める。その孤独な光景が、今の彼の「異常な純粋さ」を形作ったのだろうか。



