日本人なら、ある程度の人間が馴染みのあるフォルム――通称『キャタピー』。
だが、それが無機質なオフィスの、最新ガジェットが並ぶデスクの上を、放し飼いされ這っていることに、怜は強烈な拒絶反応を覚える。
いや、拒絶どころの話ではない。これは、明確な殺意だ。
だが景は、怜の剣幕などどこ吹く風だった。
彼はタイピングを止めると、純真無垢な子供のように瞳を輝かせ、幼虫を右手で掴み、左手の甲にそっと乗せる。
「可愛いだろう? 今朝、マンションのエントランスで僕を見つめていたから、連れてきたんだ。ああ、このフォルム、この色彩! 自然界が生み出した完璧なデザインだと思わないかい? 彼女は今、蛹になるための『変態』の準備をしているんだよ」
「…………」
怜は絶句した。もう、どこから突っ込めばいいかわからない。
百歩譲って虫好きは構わない。趣味趣向は個人の自由だ。
だが、幼虫をオフィスに連れてくるというマナー欠如。それも、虫かごなし。さらに、生のままデスクに解き放つというコンプライアンスルールもびっくりの所業。
おそらく、社内規定に「虫をデスクに解き放つな」などというイカれた項目は存在しないだろう――けれどそれは、ルールが一般的な常識に基づいて作られているからであって、禁止されていない=許可されていることにはならない。



