帝国ホールディングスでの「大手町戦」から一週間後。
プロジェクト『Ark』の仕様が正式に承認され、『Ark推進課』のフロアは、嵐が過ぎ去った後のような凪に包まれていた。
仕事は相変わらず山積みだが、西園寺景が定期的に「救いようのないポンコツぶり」を発揮して怜を凍りつかせる以外は、プロジェクトは驚くほど順調に滑り出している。
(詳細設計の提出は五月の二週目……うん。オンスケね、ばっちり)
午後八時。怜はフロアに残るメンバーに軽く挨拶をして、現代の要塞たるビルを出た。
超高層ビルが立ち並ぶ夜の西新宿。空を見上げれば、オフィスから漏れる光が、夜空を白く濁らせている。怜はそんな巨塔の足元を抜け、大通りを一本折れた裏路地へ入った。
街灯もまばらな、湿った夜の匂いが溜まる場所。そこに、色褪せた縄のれんが揺れる、隠れ家的居酒屋『柏木』はある。
「……あっ、きたきた! 怜、こっち!」
店に入ると、煮込みの出汁と揚げ油の香りが、安物の香水のように纏わりついてくる。
奥の角席で手を振っているのは、同期の理奈だ。その隣では、同じく同期でインフラ基盤部の瀬戸が、既にビールのジョッキを二杯空けていた。
「真壁、生でいいよな? 大将、生ひとつ――いや、ふたつ追加で!」
「あいよ、冷えてるやつな!」
カウンター越しに、大将の威勢のいい声が飛ぶ。
理奈が「今日早かったね。もっと遅くなるかと思ってたのに」とジョッキの結露を拭いながら笑うと、怜は「それがね、思ったより順調なのよ」と、自分でも意外なほど弾んだ声で席に着いた。



