その恋、仕様外につき――鉄壁SEは御曹司の暴走を許さない


「あの、部長。この、西園寺景という方は、もしや、社長のご親族か何かですか?」
「そうだ。立場的には次男に当たる。アメリカ帰りの彼が、君を自ら名指ししたんだ。君のこれまでの実績を見て『このMAKABEという()を、是非私の右腕に』と熱望してね」

 怜の眉が、ぴくりと動いた。

「……男?」
「ああ、君の名前を見て男だと勘違いしたんだろう。まあ、気持ちはわからんでもないな」
「……え、それ、訂正はしてくれなかったんですか?」
「訂正だと? 真壁君、我が社の社員リストは、三年前から性別欄が削除されている。ここで君が『女』だからと訂正したら、パワハラだなんだと私が訴えられてしまうだろう?」
「…………」

 いや、そこは訂正してください、部長――と怜は呆れた。
 そもそも、だ。

「……今、私が担当している公共システムの移行はどうなるんですか? 今抜けたら、来期のリリースに間に合いません。ただでさえ先方の都合でギリギリなのに」
「それは他の人間に引き継げばいいだろう」
「引継ぎ? いや、ですが……そんな簡単な話じゃ」

 怜の心に、冷たい怒りが走る。

 今の現場を、自分が磨き上げてきたあのシステムを、完了間近のこの状況で「引き継げ」と言うのか。
 それも、会ったこともない、自分を男だと勘違いしているような御曹司のために……?

(信じられない……。しかも、この工程表……)

 怜はぶるぶると肩を震わせ、部長をキッと睨みつける。

「冗談じゃありません! そもそも、部長、この『Ark』の工程表をちゃんと確認しましたか? 全く現実的じゃありません。一年でこのシステムを作り上げるなんて、正気の沙汰じゃないです! 無謀どころか、泥沼ですよ! 地獄です! 炎上するのが目に見えています!」

 喉から出た声は、明らかに震えていた。それは恐怖ではなく、積み上げてきたものを土足で踏みにじられる怒りだ。
 だが、部長は憐れむような目で、怜を見降ろすだけ。

「気持ちはわかるが、これは決定事項だ。――何。光栄な話じゃないか。君の働きが認められたということなのだから」
「…………」

(働きですって? 今の仕事を簡単に「引き継げ」なんて言っておいて、よく言うわ!)

 思わず声を荒らげそうになったが、必死に押し留める。
 ――わかっている。部長はただ、上の指示に従っているだけ。組織というものは、そういうものだ。

「……わかりました。では、引継ぎを進めます。それでいいんですよね?」
「話が早くて助かるよ。君にはこれからも期待している。頑張ってくれたまえ」

 にこりと微笑む部長に、怜は無言で会釈をして、会議室を後にした。