その恋、仕様外につき――鉄壁SEは御曹司の暴走を許さない


 急に真顔に戻った景に、助手席の赤木が「ぶふっ」と吹き出した。アメリカ帰りの御曹司が、部下を相手にふざけているとでも思ったのだろうか。
 怜は赤木の後頭部をキッと睨みつけ、大きな溜め息をつく。

「はあ、もういいいです」

(ほんと、何なの。どういう育ち方したら、こんな人間になるのよ……)

 これから大事な会議だというのに、景はこの通り普段以上にとぼけている。
 正直、不安しかない。だが、ここまで来たら、なるようにしかならない。赤木部長の言うように、仕様は現場とすでに合意済み。何かあっても、それほど大きな仕様変更にはならないだろう。

 それに、怜は知っていた。景のこれに、悪意はない。

「真壁さん、すまない。僕はまた、君を怒らせてしまったのかな……」

「…………」

 ――ほら、これだ。
 景は、怜が気分を害したと気付くと、捨てられそうな子犬のように途端に元気を無くすのである。いや、サイズからして、大型犬か。
 ともかく、怜は何だかんだ、この景の顔に弱かった。

「……別に怒ってません」

「本当に?」

「本当です。ですから、そろそろちゃんとしてください。もう、着きますよ」

 ルームミラー越しに赤木を見やれば、彼は腹を抑えてクツクツと引き攣った笑い声を上げていた。
 ――面白がられている。非常に癪だが、今はとにかく、会議のことだけ考えよう。

「……西園寺課長。現地に着いたら、絶対に私の傍を離れないでくださいね? 迷子になられたら、困るので」

「! 勿論だよ、真壁さん」

 ――と、景は笑顔で自信満々に頷いた――はずだったのに。




「……ちょっと、嘘でしょ」



 帝国ホールディングス本社の車寄せに到着し、タクシーのドアが開いて数分も経たぬうちに、景はフラグを回収するかのごとく、怜の前から忽然と姿を消したのである。