言えない。言わない。

雫が黒瀬家に来た日
玲央はいつもより静かだった。

ソファに座っていても手は動かず
ボールに触れることもないまま
視線だけが庭の方へ向いている。


雫「今日、庭出ないの?」


軽く問いかけられても
玲央ははっきり答えず、曖昧に肩をすくめた。

少し間を置いてから
思い出すように口を開く。


玲央「この前さ」


視線を落として、ゆっくり続ける。


玲央「水たまりに、空映ってたんだよ」


玲央「……蹴ったら、崩れて」


そのまま黙り込むと、雫が静かに言葉を挟む。


雫「月乃、見てた?」


玲央「見てた」


短く返して、少し間を置いてから付け足す。


玲央「いま、だったのって」


庭の端には
まだ乾ききらない土が残っていて
昨日の水たまりの跡がうっすらと残っている。

そこに視線を向けたまま、玲央は動かない。


雫「月乃、空好きだから」


雫「そのときの空は、そのときだけだよ」


玲央は何も言わず
その言葉をそのまま受け止める。


雫「ちゃんと見た?」


その問いに、少し間を置いて答える。


玲央「……見た」

雫は小さくうなずいて
それ以上は何も言わない。

ただ、その視線だけがまっすぐで
変わらずそこにあった。

そのまま
部屋の空気が静かに落ち着いていく。

外から入る風がカーテンを揺らし
やわらかな光が床に広がっていた。

もしまた、壊れそうになったら。

今度は、自分が止める。