言えない。言わない。

そのまま隣の家の扉を開けると
キッチンから月乃の母が顔を出した。

朝ごはんの準備をしながら、苦笑いしている。


玲央「おはよーございまーす。」


月乃母「おはよう〜。
やっぱり起きなかった?」


玲央「うん」


月乃母「ごめんねぇ
上がって起こしてきて〜」


もう慣れた流れだった。

玲央はそのまま二階へ上がっていく。

ドアを開けると、窓から入る朝の光の中に
大きな布団の山が見えた。


玲央「つきの」


布団が少し動いた。


月乃「……ん」


玲央「朝」


月乃「……まだ」


くぐもった声だけが返ってきた。

玲央は呆れたように眉を寄せる。


玲央「昨日なんて言った」


月乃は目を閉じたまま、小さく口を動かした。


月乃「……起きる」


玲央「起きてない」


その返しに、月乃は笑った。

寝ぼけた声のまま、ぽつりと言った。


月乃「れおは、いつも早いね」


玲央は窓の方へ目を向けた。

朝の風が
白いカーテンをゆっくり揺らしていた。


玲央「つきのが遅いんだろ」


朝の光から逃げるみたいに
月乃は布団へ顔を埋める。


月乃「まぶしい〜」


布団に顔を埋めながら文句を言う。

玲央は半分呆れながら
そのままドアの近くにもたれた。


玲央「外行くぞ」


月乃「まって」


その“まって”が、もう当たり前みたいだった。

玲央は急かさず、そのまま待つ。

しばらくして、布団が勢いよく動いた。


月乃「よーし、いまいく!」


ようやく起き上がった月乃は
髪がぼさぼさのままふらふらしている。

まだ眠いのか、歩き方も危なっかしい。


月乃「顔あらうから……」


玲央「うん」


洗面所へ向かいながら
月乃はくるっと振り返って言った。


月乃「髪、といて」


玲央「は?自分でやれ」


月乃「えー、ケチ〜」


そのままふらふら歩いていく。

少しすると、洗面所の方から
勢いのいい水音が聞こえてきた。


玲央「おっそ」


独り言みたいにつぶやくと
水音の向こうから声が返ってくる。


月乃「まってた?」


玲央「うん」


短く答えると、月乃がひょこっと顔を出した。

寝ぐせが少し残ったまま、にこっと笑う。


月乃「えらい」


玲央「なんでだよ」


言い返しながらも、少しだけ嬉しかった。

眠そうな顔も、ぼさぼさの髪も
こんなふうに甘えた声を出すのも。

たぶん、知っているのは自分だけだ。

朝の光は少しずつ白さをなくして
部屋の中へ静かに広がっていた。